5.パッケージ詐欺


 心配していたとおり、DVDは観られなかった。AVに目覚めた日から涼也はお金ができる度、お店に足を運んで、好みのAVを買っていた。けれど、せっかくのビデオも観られなければ意味がない。いつ帰ってくるかわからないなか、居間で堂々と自慰行為はできない。早河奈々が働き始めるのを待つしかなかった。

「おいリョウ、ナナ様が誰に似てるかわかったぞ」
 伊知郎がそう言ったのは、彼が家を訪ねてから三日後のことだった。
「ちょっとこっち来い」
 伊知郎が手招きをして、涼也は教室の外へ出た。窓際の隅へ移動して、伊知郎は小声で口を開く。
「そっくりなんだよ、オレが持ってたAVの女に」
「なんだ、そっちか」
 有名芸能人に似ていることを売りにしているビデオはたくさんある。そもそも星の数ほどAVはあるんだ。探せば身内に似ているAV女優はいるだろう。
「つーか、似てるっていうか、そのまんま」
「どういうこと?」
「ナナ様は東京に居たんだろ? もしかしたら本人じゃねえの?」
 まさか。あんな怖い女がAV女優なんてやるわけない。涼也にとってそれは確信めいた考えだった。
「他人の空似でしょ」
「そう思うんなら見てみろよ、って言いたいけど、そのビデオもう無いんだよなあ。見飽きてたからとっくの昔に誰かにやっちまった」
 きっとこう言ったら伊知郎は反応するだろう。
「なんて名前の女優?」
「お、興味あるのか?」
 ──やっぱり言われた。「いや、だって、名前は別人でしょ?」
「どゆこと?」
「名前は違う人でしょ? 早河奈々じゃないでしょ?」
「お前、女優がそのまま自分の名前使ってると思ってんの?」
「あっ、そうか、偽名使うか」
「そうだよ。なんも知らねえんだな。確か、なんたらなるみ」
「なんたらなるみ?」
「なんたらって苗字じゃねえぞ? なるみ、しか覚えてない」
「そうか……」
 なるみか。

 気になった涼也はその日の内にアダルトショップへ足を運んだ。もちろん、家に帰って着替えた後で。
 最初は居るだけで恐ろしかった店内も、今では堂々とした態度で物を探せた。所狭しと並べられたDVDを目にしながら、伊知郎の言った名前を探し続ける。
 なんたらなるみ、なんたらなるみ……。
 ふと、名前が目に留まった。
「愛川なるみ」
 パッケージを手に取り、顔を見た。それはギャル系の女優で、顔立ちは奈々に近いものがあった。
 ──多分、これだ。けどパッケージの人の方がメチャクチャ可愛いし綺麗だ。でも、パッケージが可愛くて実際はそうでもない顔なんて、よくある。早河奈々よりこっちの方が目が綺麗。色白。顔が整っている。アイツが放つキツイ感じがない。まあ写真越しだから、威圧感みたいなのは感じられるわけないけれど。
 別人にも見受けられる。だが涼也の、身の危険を察する本能は、漠然と奈々の面影を見出していた。

 買った。けれど家に早河奈々がいるから、その日のうちに観ることができなかった。涼也は部屋でパッケージの裸体を眺めていた。愛川なるみの胸は大きい。奈々と同じくらいだ。裏面の、内容のコマを眺めているうち、例え似た人物で憎しみを持っているとしても、そういった衝動はやはり起きる。これが男の性なんだ。むしろ似ているからこそなのかもしれない。涼也はティッシュに手を伸ばした。居間の早河奈々に注意を払いながら、写真で性欲の処理をした。
 食事の時間、涼也はどうしても目の前に居る女の顔をちらちらと見て気にした。愛川なるみと比べていた。今はメイクをしていないから、あまり似ていないように見える。やはり別人だろうか。
「さっきから何ヒトの顔みてんの?」
 指摘されたことに涼也は焦り、「いや」と呟く。
「涼也、好きなら好きって告白しな」
「はあ?」
「ちょっとケイコさん、冗談やめてくださいよ」早河奈々は笑う。
「そうだよ、急におかしなこと言わないでよ」
「じゃあなんで涼也はなっちゃんのこと見てたの?」
 少し考えて、言葉を決めた。
「怖いから」
 もっともらしい嘘をつくと、二人は同時に笑った。
「意味わかんないし」
「怖いって、もうすぐ十七になるクセしていつまでもなっちゃんのこと怖がってちゃダメでしょ?」
「リョウがあたしを恐れる気持ちはわかるけど、もうちょい大人になりなよ」
「そうそう。なっちゃんの言うとおり」
 ……勝手な責めはやめてほしい。
「だいたいリョウってさあ」
 涼也に対する日ごろの批判などが始まった。喋りだすと二人は止まらない。食事が不味くなり、涼也はすぐにその場を立ち去った。



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