魔法シンドローム

第四話.KG氷牙(page.A)



「お前らも名前を書け。まことから順にな」
 赤いチョークが投げつけられる。勢いがあったため、受け取れるわけもなく壁にぶつかって落ちた。
「なにやってんだよ、とろくせえなあ」
 あんなの取れるか、と口答えしたいが堪え、すいませんと謝る。二つに割れたチョークを拾って前に出た。ぼく、冷奈、陽の順に名を書いていく。陽が書き終えて席に座ると、紅輝さんは咳払いした。
「よし、まこと。お前から──いやお前はやっぱいい。冷奈。立って自己紹介。血液型も答えろよ」
 ……飛ばされた。冷奈は依然、紅輝さんを睨みつけながら立つ。
「柊冷奈。OFAです。よろしくお願いします」
 あっ、これヒイラギって読むのか。黒板を見つめながら紅輝さんが呟いていた。
「冷気系にかなり突起したタイプだな」
 はい、と冷めた声で返答する。
「いいよ。次、お前」
 指をさされた陽が立つ。
「新道陽。BLです」
 紅輝さんはポケットから携帯を出す。しんどう、あきら。そう呟きながら、打ち込んだ。
「冷気系はからっきし使えないのか?」
 いえ、と陽は即答する。「俺は火気系を全く扱えない、冷気に特出したタイプです」
「はあ? なんで? L型だしお前の名前も火気系じゃん。知ってると思うけど、シムズとして生まれた場合、名が体を表すようにする風習がある。別にそれは強制じゃないけど、ただもし能力に関する名づけをするなら、嘘の名前にしちゃいけない決まりがある。つまり、火気が使えないクセに陽なんて紛らわしい名づけをするのは、違法なんだよ」
 ぼくも当時、これは不思議だと思っていた。
 あの、とぼくは声をあげる。「陽は成長過程で冷気に力が偏っていったんです」
「だからって炎が扱えなくなるなんて話、俺は聞いたことねえよ。だいたい、生まれたときに突起していた能力が他の力より劣るなんてこともまずない。それに火気に特出するL型のクセに火が使えないとか、無茶苦茶だろ。なんだ、BLだけが特別なのか?」
「知らないよ。とにかく俺は火気を使えないBL型なんだ」
 陽は、自分の秘密を隠したいのだろう。
「そういう人もいるんだよ、ぼく、本で読んだことあるから」
 と、ぼくはフォローに回った。
「……本当か?」
 う、うん。そう返事をすると、意外にも「そっか、いるのか」と受け入れ、陽に座るように命じた。本に載っているのは確かだろうが、自分で読んだわけではない。まだ陽が転校してきたばかりの頃、彼の名前と能力の違いに疑問を持ったぼくは、お母さんに訊いた。するとお母さんはこれについて調べ上げてくれた。一緒に図書館にも行った。そうして答えを知ったぼくは、陽に伝え、彼の抱えている問題を教えてもらったのだった。
 紅輝さんが陽に手を向けた。陽が座ったままで身構える。火炎が放射された。何かがくることは予測できていたから、陽の前には障壁があった。冷気を含んでおり、一切の熱を遮断する。完全に防いでいた。攻撃はすぐに途切れる。
「冷気系のレベルはまあまあだな。お前、本当はF型だろ」
 陽は一息つく。「違うって。それと、試すのはいいけど急にやるのはやめてください」
「急じゃねえだろ、ちゃんと掌を向けてやった」
 陽は釈然としない面持ちで、頬杖をついて窓の方を向いた。ふいに紅輝さんの顔がぼくを向く。
「まこと、お前はたぶんASS型のドロフォノスだな」
 いきなり飛びだした意味不明な単語。それに、どうしてぼくがASSだとわかったのだろう。ぼくはすぐに二人の顔を窺うが、陽も冷奈も首をかしげた。あの、と陽が言う。
「まことはASS型で合ってるけど、どろふぉのす? ってなんですか」
「はあ? この学校はそんなことも教えないのかよ」
 紅輝さんは髪のセットを気遣うように人差し指で後頭部を掻く。癖なのだろう。チョークを取り、黒板に字を書きこんでいった。「C」「L」「F」と縦に並べるように書く。その下に長い線を引き、次は「LA」「FA」「CA」と縦に並べて書く。また長い線を引くと、「ドロフォノス」と字を書いて、その下に「LS」「FS」「SS」と書く。それから紅輝さんは迷うようにチョークを動かして、右側の適当な位置に「Z」と書きこんだ。そしてぼくらを向いた。
「俺が今何を書いたか、わかるか」
「血液型のABO式にくっつく魔力式だろ」と陽が答えた。
「そうだ。が、魔力式というのは指紋と同じで、似たような形をしているが、どれ一つ同じ型はない。かなり複雑な英字の組み合わせで表記するんだが、俺たちがそんなものを覚えられるはずない。だから大まかにわけて十の型に分類されている。これがそれだ。じゃあ冷奈、俺たちシムズが使う、三大属性はなんだ?」
「火気、冷気、風」冷奈の声は依然、抑揚がない。
「正解といってやりたいが、風というのは、実は厳密に言うと違う」
 あ、それここで説明しちゃうんだ。
「俺たちは魔力、マナをそのまま放つことで、風を巻き起こしているんだ。どうだ、衝撃の事実だろ、俺もこれを知ったときはたいそうびっくり──」
 知ってます、と冷奈が呟いた。え、と紅輝さんとぼくが同時に声をあげた。
「冷奈ちゃん、知ってたの?」
 ぼくが訊くと、冷奈は頷いた。俺も知ってたけどな、と笑いながら陽が言った。
「なんだ……みんな知ってたんだ」ぼくだけが教わった特別なことだと思ってたのに。
「お喋りなシムズに教わったんだろ、余計な知識になるからガキにバラしちゃいけないんだけどな。まあいい、知ってるなら話は早い」
 紅輝さんはまた黒板を向いて、字を書きこんでいった。
「C:大した力のないシムズ」「L:炎に特出」「F:冷気に特出」「LA:Lの上位」「FA:Fの上位」「CA:すべてがバランスよく特出するうらやましい天才」
 そこまで書くと、紅輝さんはこちらを向く。
「とまあここまでが、比較的よくいるシムズだ。次のLS、FS、SSは更に上位の──それもとびきり次元の違う上のクラスの力を発現できる。だがその力しか扱えない。つまりLSは炎、FSは冷気しか発現できない。SSがなんでここに分類されるのかわかんねえけど、これらはドロフォノスと呼ばれてるんだ」
 紅輝さんが言っているのはおそらく……。「まーどらー、じゃないの?」
 紅輝さんは眉を持ち上げた。すぐに元々の鋭い眼差しに戻る。
「古い本にでも書いてあったか」
 素直に首を振りそうになるが、抑える。お父さんのことは喋っていけない。すでにお母さんには言ってしまったし。なので、頷いておいた。この人は馬鹿そうだから騙せるだろう。
「そうか。ドロフォノスもマーダラーも意味は同じだ。聞こえが悪くなってきたから、今はドロフォノスと呼ばれている」
「で、言葉の意味はなに?」
 陽が問うと、紅輝さんは静かにぼくの方を向く。
「殺人者」
 脈の乱れを感じた。陽と冷奈の視線がこっちに向く。ぼくは首を何度も振った。ふいに、紅輝さんがくすくすと笑いだす。
「能力の使用で事故が起きた場合に、命を奪う危険性が高い者、って解釈しとけ。だいたいSS型ってのは、火気も冷気も一切使えず、魔力(マナ)の放出しかできないやつのことなんだ。そのレベルが高かろうが低かろうが、SS型は全員ドロフォノスなんだよ」
 そう言ってもらえて、つい胸を撫で下ろした。
「ドロフォノスがキレて暴れたら危険がつきまとう。本物の殺人者にならないよう、俺たちは幼少から徹底して能力のコントロールに関する教育を受けている。どんな形でも人を殺しちまったら、自分も相手も不幸にしかならないからな。たとえガキの遊びで間違えて殺しても、そいつは死刑だ」
 紅輝さんがじっとぼくを見てくる。雪合戦のことを咎めているようだった。
 あの、と冷奈が口を開く。「紅輝さんはドロフォノスですか?」
「いいや。残念なことに俺はBLA型だ。火気に超特出している。風もなかなかのレベルで扱えるがな」
 この人は上空から落ちてくる氷の塊を、ほんの少しでもぶれさせ減速させた。勢いが強すぎて弾けなかったけれど、そこまでできるなら結構なことだ。
「一般的なC型シムズの力なんざあ、ライターや冷感スプレーや扇風機に毛が生えたようなもんだ。相手を一息で死に至らしめるような奴はそうそういない。三つの力のなかで殺傷能力の優劣はあるけどな」
 紅輝さんが左腕を少し上げて、掌を広げる。炎の塊を発現した。
「最も殺傷能力が高いのはもちろん炎だ。対象に燃え移り、相手を飲み込むようにして火勢を増す。すぐに消火できなきゃ、あっという間に火だるまだ」
 それを再現するかのように、紅輝さんの炎は形を大きくしていった。天井ギリギリまで火柱を立てる。熱がこっちにも伝わってきた。風で防ぎたいが、紅輝さんに燃え移るといけないので我慢する。拳が握られると、炎は消え去った。シムズの人が火を放つ姿はショーで何度も観たことがある。しかしこんな間近で、あんなに大きな炎を出す姿を見たのは生まれて初めてだった。
「紅輝さんは、一瞬で死に至らしめるくらいの殺傷能力を秘めてるんじゃないんですか?」
 そう問うと、なぜか笑みを浮かべた。
「まあな。わかるか、俺の限界はもっと凄いことがさあ。俺はドロフォノスに近いレベルの力はあるんだ。すごいだろ、俺を尊敬しろ」
 喋りすぎなきゃ、素直に敬うこともできたんだけどなあ。
 紅輝さんは青いチョークを取る。唐突に「アイ」という文字を書いた。チョークを戻して振り返り、両手で教壇を叩く。
「だが今回討伐する渋谷最大のギャングの(ヘッド)、『アイ』という男は、正真正銘のドロフォノスだ。漢字が難しくてカタカナで書いたのは勘弁な。字は、青い、という意味のやつで」
「ちょっと、待った!」
 陽が遮った。ぼくもそうする一歩手前だった。
「いきなりなんの話をしてるんすか? 討伐って、倒すってこと?」
「当たり前だろ」紅輝さんは言った。それから目線だけを上に向ける。「あれ、俺なんか説明すっとばした?」
「まだ、何も聞かされてなかったんですけど」冷奈はおそるおそるとした声音だった。「もしかして明日の実地訓練で、私たちがその人と戦うって意味ですか?」
 紅輝さんはいきなり素早い拍手を始める。「さすが冷奈、かわいらしい顔して頭も良いときた。冷気系の使い手と炎系の能力者は対照的で、お互いが自分にない資質を持ってるから結婚生活もうまくいくって聞いたことあるんだけど、試しに結婚して──」
 絶対にお断りします、と冷奈がきつい声音で言った。紅輝さんはわざとらしく顔を歪める。それが面白くて、うっ、と音をたてて笑いを堪えた。紅輝さんがこっちに注目する。ぼくは誤魔化すように咳払いした。
「さっき渋谷の、なんて言ったんですか?」
「ヘッド。古典的な言い方だが、つまりリーダーってこと」
 渋谷にいるギャングのリーダー、と陽が呟く。
「そうそう。チーマー? カラーギャング? あいつらその辺がよくわからないんだけどね」
 冷奈が立った。「そんな危ない集団のリーダーを、私たちが戦って倒すってことですか?」
 そうだよ、と返事をするが、言い方があまりにも軽い。
「そんなふざけた実地訓練、聞いたことねえよ!」陽も立ち上がる。「そんなの組織の人間の仕事だろ? しかもさっき、正真正銘のドロフォノスって言ってた……まだ小学校も卒業してない俺らが戦えるわけないだろ」
 ダンッ!
 紅輝さんが、黒板を強く叩いた。そこを支点として炎が一瞬、広がる。ぼくらは静まり返った。そこに、紅輝さんの溜め息だけが聞こえる。
「なに甘いこと抜かしてんだよ。近頃の学校はマジで生ぬるいよなあ。小卒したらあっという間に歳食って死ぬくせに、その現実から目をそらして逃げるだけの腰抜けしかいねえのか。お前らみたいなアマちゃんのクソガキどもにはちょうど良い初任務だ。この死線を越えろ。太く短く生きるコツが掴める。俺たちシムズが最高に輝いた人生を送るには、それしかねえんだよ」
 ……何も言い返せなかった。陽も冷奈も、口を震わせ、着席する。紅輝さんは腕を下ろし、満足げな笑みを見せた。
「ほぉら、良い顔になった。本気で生命の危機を感じてる表情だ。どの道ぬるい学校生活は終わりなんだから、一足先にこんな本格的な仕事がやれるお前らは超がつくほどラッキーだぞ。この任務を持ってきてくれた俺に感謝しろよ」
 そんなの、できるわけない。



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