魔法シンドローム

第六話.紅と藍(avant)



「藍くん、お面なんか被って……。この子たちは絶対大丈夫だって」
 うん、と男が返事をする。腕のなかで赤子は泣いていた。
「ほら、ヒョウカが怖がって泣いてるよ」
 もしかして、と陽が口を開く。「姉ちゃんと藍さんの子供なわけ?」
「そうよ、氷の花と書いて氷花っていうの。まだ生後半月の女の子」
 実風さんが、氷花ちゃんを腕に抱く。ほんの少しあやすと、泣き止んだ。能面は咳払いする。
「セキやんと実風は外に出てろ」
 セキやん? と陽がつっこむ。実風さんがくすくすと笑った。
「藍くんはね、みんなの名前を呼び捨てにすることができないの。だからKG氷牙のメンバー全員に、あだ名をつけて呼んでるわけ。ちなみにあたしはみかりんって呼ばれてたんだよ」
 実風さんはどこか楽しそうに笑い続ける。氷花ちゃんが、実風さんの胸をしきりに触っていた。
「お腹空いたの? もうちょっと待っててね」
「待たなくていい、早く連れていってよ」
「いーや。ちゃんと最後まで確認するから」
 確認、とはなんだろう。能面が溜め息をついた。
「じゃあせめてドアの前にいろ」能面がぼくらに向く。「ずいぶん待たせたな。土足で良い、前まで来い」
 指示通りぼくらは進んでいく。男は立ち上がって靴を履いた。能面の下には黒いスーツを着用しており、なんだかおかしくて笑いそうになった。デスクの方へ移動すると背を向けて、傍に置いてあったお茶のペットボトルを手にする。能面を外して飲んだ。彼とは少し距離を置き、ぼくら三人は並ぶ。
「よくここまで来たなあ、お前ら」
 イントネーションというか、声質というか、どうしてかそれらに聴き覚えがあった。男がこちらに振り返る。
 その顔を見た瞬間、思わず息を呑んだ。いったいなんの冗談かと訝った。能面の正体は、ぼくらに指示を与えてここまで来させた人だったのだから。
 男は、紛れもなく、加賀紅輝だった。



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