魔法シンドローム

第七話.国際魔術師機構(page.A)



「さて、君たち。今日はいろんなことを知ったと思うけれど、そういった情報は君たちの胸のうちに留めたほうがいい。もし誰かに喋ってしまって、その人が行動を起こしたら、死人が増えてしまうだけだからね。意味、わかる?」
 もしぼくが、他のシムズにこの事実を伝えたら。あるいは健常者に伝えても、その人が他のシムズにこのことを教えてしまったら。そいつが、シムズを殺すかもしれない。そうすれば組織が動きだして、最悪今日みたいなことがありうる。
「シムズがシムズを殺してしまうことを、俺たちはシムズ喰いと呼ぶんだけどさあ、この事実って、知っても誰も得をしないんだよ。むしろ、知った人は、その周りも含めて不幸になる。君たちは、不幸の欠片をすでに手に入れてしまったんだ」
 真実を知ってしまったことを、急に激しく後悔した。脳からこの情報を消し去りたいのだがそれは無理。恐ろしくなり、頭を抱えた。
 汐穏代表、と冷奈が口を開く。「私たちは、健常者を殺めてもなんらかの力を得るんですか?」
 代表は自然な笑みを浮かべている。「それには答えてあげるが、こういう質問はもうこれっきりにしてくれ。二人もね。できればこの先の人生でこの話題を口にすることもやめてほしい。これを守れるなら、回答しよう」
 三人、頷いた。代表はそれを確認すると、携帯を持ったまま少し腕を組む。
「健常者を殺しても何も得るものはない。だからといって、健常者に対する殺人者を死刑にしないわけにはいかないだろ。仮にそれを健常者の法律に任せてしまえば、なぜシムズを殺したときは極刑なのかという疑問が当然生まれてしまう。俺たちは単純な計算も解けない馬鹿だけど、そういうことに関しては目敏(めざと)いからね。それに、健常者に対する殺人も死刑扱いにすれば、俺たちの威厳が世間に対して保てるじゃないか。意味、わかる?」
 ……なんとなく。
「とにかく、君たちが守ることは、ただこのことを胸のうちにしっかり留めるってことだけ。なかなかこういうことって、約束してもつい人に喋る馬鹿がいるんだよね。だから、厳格に口約を交わす気もないよ。俺もいつあの世に旅立つかわかんないからね。あとは君らのような若い子たちに任せるよ」
 代表は腕組みを解く。ぼくら三人の顔を見渡したあと、携帯を握る拳をもう一方の手に打ちつけた。
「暗い話は、ここまで。飯食いに行くんだろ? 俺も少し腹が減った。紅輝、神奈川支部に所属してるんだけどさ、ちょっと前は東京に住んでてこっちにいたんだ。あいつ妙に俺につきまとってきてさあ、どっか連れてってーって、よく東京界隈の飯屋や飲み屋に行ったもんだよ。飲み屋っつっても居酒屋だけじゃないよ? 綺麗な健常者の子がいるところもそう。あいつ女好きでさ、困ったもんだったよ。手かかる後輩だったけど、でも結構良いやつでさあ、なんだかんだであいつのことは気にいってたなあ。今日は紅輝の弔いのつもりで、あいつの好きだった店に連れてくよ。あ、さっき言ったいかがわしい店じゃないからな。そういうのは、君たちが組織入りしてから、機会があったら連れて行ってやる。無論、俺がそのときまで生きてたらな」
 紅輝さんの話をする汐穏代表の顔は、楽しそうだった。
「大事な後輩だったんですか?」
 陽が、威圧を込めて訊いていた。汐穏代表は笑顔を崩さない。
「大事な後輩っていうか、必要な仲間、っていう感じだったかなあ。あいつ、面倒見も良くてさあ、結構慕われてたんだ。紅輝が死んだって知ったらウチのやつら、悲しむだろうなあ。ほら、そこらへんに転がってる奴ら」
 代表は、死体となって横たわっている二人の魔術師を指す。
「ウチの部下なんだけど、紅輝が東京にいたときに仲良かった後輩なんだあ。どっちもかなり腕は立つはずだったんだけどね。惜しい部下を亡くしたなあ」
 ボウ、と炎が噴き上がる音が鳴った。陽が、掌から発現している。
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ。さっきから聞いてりゃ、すっげぇ耳障りなことばっかり言いやがって。紅輝さんの弔い? 必要な仲間? 惜しい部下を亡くした? ……あんたら、ずっと、俺たちの戦いを見てたんだよなあ?」
 うん、と汐穏代表が頷く。左腕をあげて、空に人差し指をさす。「ビルの屋上から見てたよ。加賀青輝が外に出てきてから監視してた」
「……百歩譲って、そっちの執行人が手を出さないのは理解してやれるけど、てめぇはなんなんだよ!」
 陽が炎を放った。汐穏代表に、到達する。それが弾かれる様子が見られなくて、瞬く間に代表の身体を包み込んだ。東京支部のトップに君臨する人が防げないはずない、と陽はふんでいたのだろう。それなのに、容易く巨大な炎にのみこまれた。陽の顔色が変わった。冷奈が、炎の塊に手を向ける。
 だが、彼女が力を発現する前に、沈黙していた黒装束が身じろぎした。炎の根元に片手を向けると、一瞬にして炎が上空にむかって弾けとんだ。中心にいた汐穏代表は両腕で顔を覆っている。風が、止んだ。
「あー、びっくりした。まさか執行人が助けてくれるなんて思わなかったよ」
 汐穏代表は腕を下ろす。携帯の画面を見つつ、乱れた髪を適当に直した。スーツには焼けたあとが見受けられない。最低限、守っていたようだ。
「残念だったね。俺、すっごい弱いから、たぶん攻撃続けたら死んでたよ。執行人はこんなふうに手を出すことってないんだけどなあ」
 陽は困惑している。代表と執行人を、交互に見ていた。
「冗談はやめろよ、俺があんたを殺せるのか? 東京支部のトップなんだろ?」
 汐穏代表は鼻で笑った。「偉さは年功序列みたいなものだからね。俺はもう大した力も発現できない。君らのほうがよっぽど強いんだ。手を貸したくても、俺はなんの力にもなれないんだよ。会社でいうと、管理職みたいなものだね」
 陽がわなわなと震えている。視線を、黒装束に向けた。
「じゃあ、やっぱお前だ! なんだよ、今の力……でたらめな強さじゃないか。お前一人が、シムズ喰いを許されてるんなら、やっぱりアンタが手を貸せばよかったんだ!」
 陽が炎を放射する。何度見ても、それはあまりにも強烈で、発現するとこちらにまで熱が伝わってくる。だが、そんな強力な炎を、やはり黒装束は雑作もなく相殺した。
「えっと、陽くん、ごめん、一つ言い忘れてた」汐穏代表は急にうろたえたような口調で言う。「この黒い頭巾被った執行人には、絶対に手を出しちゃいけないんだ」
 ハッ、と陽は嘲笑する。「手を出したらどうなるってんだよ。こんな木偶の坊、なんにも怖くないね」
「俺たちの人生短いから、そんなふうに命知らずで度胸があるのはとってもいいことなんだけど、凶行者に盾突くことだけはしちゃいけないよ。ああ、凶行者っていうのは、この執行人とかのことね。組織の間ではそう呼ぶ人もいるんだ」
 ふいに執行人が手を出す。黒い手袋をしていた。
「握手しよ、だってさ。よかったね、許してくれるらしいよ」
「誰が握手なんか交わすかよ。強いくせして、その能力を人のために使わない。お前はいったいなんなんだよ!」
 執行人が、伸ばしていた手を空に向かってあげた。風が、唸るように鳴る。陽の立つ場所から上に向かって、白い霧の交じった強烈な風が巻き起こっていた。陽の足元がすくわれて、浮き上がる。冷気をこめた風のようだった。浮き上がる陽の身体中から炎が迸るのだが、それはかき消される。陽が、苦痛のためか叫んでいるのが微かに聞き取れた。冷奈が止めてと声をあげる。ぼくは、助けようと手を向けた。しかし汐穏代表が身体を差し込んできて、止めてくる。
 陽が、炎を発現しなくなった。風がおさまっていき、彼の身体はゆっくりと地面に下ろされ、横たわった。冷奈が傍に駆け寄る。呼びかけるも、彼は反応しない。
「ほら、言わんこっちゃない。執行人にだけ殺しが許されてるんだよ? だから執行人が不可抗力で誰かを殺しても、文句は言えないんだ。裁けないからね。制裁を下そうにも、いったい誰がこの執行人に勝てるっていうんだ?」
「不可抗力なんかじゃない!」冷奈が、怒号をあげて執行人を睨んだ。「どうみてもやりすぎてる!」
「冷奈、陽は死んだの?」
 ぼくが問うと、冷奈は陽の胸に顔を近づける。心臓の音を聞こうと、耳を──
 ドン、と音が鳴った。執行人が、冷奈に手をかざしている。何が起こったのか、わからない。衝撃音のあと、冷奈が陽に覆いかぶさるように、倒れた。
「おいおい、その女の子は何もしてないだろ」
 口を挟む汐穏代表に対して、執行人が手を向ける。代表は両手を上げた。
「待てって、俺も殺す気か? どうしたんだよ、お前が無差別に人を攻撃なんて、シムズの社会を崩壊させたいのか?」
 ぼくは威圧的に足を踏み鳴らし、執行人に近づく。顔は熱くなっていて、憤怒がぼくを突き動かしていた。汐穏代表が、執行人とぼくの間に立ちふさがる。
「やめろ、もう何もするな。冷奈ちゃんも陽くんも、多分大丈夫だ。だから余計なことするな」
「そこどいてください! その人、絶対頭いかれてる。なんで何もしてない冷奈にまで攻撃するんだ!」
 汐穏代表ごと執行人を吹き飛ばしてしまいたかった。執行人は、相変わらず何も言わず、動きだして、冷奈に触れる。
「おい、お前、冷奈に何するんだ!」
 突撃しようとするも、汐穏代表が身体を張って止めてくる。
「まこと、落ち着け、お前までやられる」
「このヤロウ、冷奈に触るな!」
 執行人が冷奈を担いだ。陽も抱きかかえてしまう。このまま連れて行かれるということは容易に予測がついた。こんな薄気味悪い奴に二人を連れて行かれたら、いったいどうなるのか。
 血が、頭に上る。怒りで身体が震える。もう自制なんてできない。力を発現した。汐穏代表を押しのけるも、その先にいる執行人には風が到達しない。どうやら代表がぼくの風を相殺しているらしかった。ぼくは、全身全霊をこめて魔力(マナ)を放出する。それでも汐穏代表が盾になり続ける。その間に、二人も抱えているはずの執行人が、上空に浮いた。
 力を止める。追いかけることだけが頭にあった。後方に倒れこみ、背に向けて魔力(マナ)再発現(リブート)する。足が地面から離れて宙に浮いた。ぼくが浮遊しようとしているうちに、執行人は飛んでいってしまう。追いかけようと、ぼくも飛行を試みるのだが、身体をうまく空に運べない。子供といえど、二人も抱えているクセにあんなにもスムーズに宙を流れていく執行人と自分の力量差を、そのとき思い知った。それでも懸命に高度を上げ、身体を前へ送っていく。汐穏代表は執行人を追って走っていった。地上を行ったほうが、明らかに速い。
 ふっと、力が抜けた。目の前が白くなり、地に向かって急降下する。自分を受け止めなければ、激突してしまう。
 力を、振り絞った。自分に向けて、魔力(マナ)再発現(リブート)する──



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