魔法シンドローム第十一話.神奈川支部の入社式(エピローグ) |
入社式が終わり、新人たちは五人一組のチームに分けられることとなった。残念ながら冷奈とは別々。竜宮も違うチームになった。それぞれに担当の先輩が一人つき、しばらくはその先輩の名を背負ったチームとして、仕事の手伝いをするようだ。 演武館から出ると、それぞれのチームは建物内を見て回ることとなった。どこもよく清掃が行き届いており清潔だ。一緒に回っていた子が「まるで大学みたい」と言っていた。 外に、桜並木のある道があった。館内の紹介が一通り終わったあと、自由時間が与えられたので、ぼくは外に出てその桜並木へと足を運んだ。同じことを考える人が多いようで、そこに設置されているベンチは満席だった。 桜はすでに散り始めている。ひらひらと降り注ぎ、風に舞う花びらをぼんやりと眺めた。中学では入学式が行われていて、学友たちも桜を見て新しい季節の始まりを感じているだろうか。 ふっと、頬に風が触れた。直感で自然の風ではないとわかり、反射的に顔をそちらに向ける。道の先に、手をあげている冷奈がいた。 「組織の一員としてやっていけそう?」 ぼくが彼女に投げかけた。冷奈は、傍で足を止める。 「まだわからないよ」 ぼくは頷いた。「時間はたくさんある。ゆっくり組織について学ぶのもいいかもね」 「うん。まことはどう? 組織でやっていけそう」 ぼくはふっと鼻で笑ってやった。「ぼくは冷奈についていくんだから。全て冷奈次第だよ。ぼくのことなんか気遣っちゃだめ。冷奈はしっかりと前を見て進み、ぼくは力尽きるまでそのサポートをする。そう誓ったんだし、男に二言はないよ」 陽を処分したあの日。陽が目指した場所を、冷奈が目指したいと言った。 これから先、有り余る時間をどう使って生きていけばいいのかわからない。普通のシムズは、組織の人間として生き、すぐに寿命を迎えるだけ。けれどぼくらには膨大な時間があった。特に目的をもたずその時を生きていくことを考えると、ぞっとしてしまう。知り合っていくシムズたちが次々と亡くなっていき、まるで時間の流れに取り残されたような気分になるだろう。 ──おそらく、早い段階で、自殺したくなる。 そこまで見越した結果の提案だった。もしかすると、ぼくのお父さんも、同じようにシムズの制度を変えていきたいと思っていたのではないだろうか。でもそれは叶わなかった。何か、様々な問題にぶちあたり、半ば諦めてしまったのだろう。それでも、執行人という立場を利用して、時には死刑を偽装した。陽や青輝の他にも、きっと同じように生かされた人がいるのだろう。結局二人は、また人を殺めてしまうのだが。 冷奈は、自身が執行人になってしまうことも考えたのだが、それではぼくのお父さんと同じ結果になるだけと思い止めた。どういう道を進めば、組織の制度に手を出せるようになるかはわからない。健常者側にも影響を及ぼせるような存在になる必要があるだろう。秘密が表ざたになり、混乱が起きる可能性を秘めているが、裏ではなく、あくまでも表から道を切り開き、堂々とシムズのカリスマ的な存在に成り上がるのが望ましい。 「じゃあ、まことの負担を減らすためにも、できるだけ早くここの代表にならなきゃね」 支部の代表になるくらいでは何もできないだろうけれど、それでもまずは一度、トップに立つ。そうすれば、見えるものもあるだろう。 「入社式の壇上に冷奈代表の姿を拝める日を楽しみにしてるよ」 うん、と彼女は頷いた。ふとぼくの首元に目をやり、ネクタイに手を伸ばしてくる。少し緩んでいたみたいで、きつく締めてくれた。 「わんわん」 犬の鳴きまねをしてみせると、彼女は笑う。 「私の犬って意味?」 頷いてみせる。 「まことのこと、そんな奴隷みたいに思ってないから」 もう一度頷いてみせた。 「お前ら、そういう関係だったの?」 ぼくと冷奈が同時に身をすくませる。少し離れた位置に、竜宮がいた。 「いつからいたの」 「さっきだよ、マコトが犬の鳴きまねしてたのばっちり聞いたぜ」腕を伸ばしてストレッチをしつつ、こちらに近づいてくる。 「冗談──」 「まことが私の犬奴隷になりたいって、しつこくてね」 取り繕うつもりだったのに、冷奈がそんなことを言い、ぼくは耳を疑った。昔からそうなの、などと彼女は付け加える。なんかわかる気がする、と竜宮。ぼくは突っ込みを入れる気を失くした。 「で、なに、お前らは付き合ってるの?」 そう思われていてもおかしくないはずなのに、動揺した。とっさに首と手を横に振りまくる。 「冷奈は、幼馴染みたいなものなんだ。そういう関係じゃないよ」 「まことは否定してるけど、私たち付き合ってるから」 ぼくと竜宮が同時に驚愕して声をあげた。 「おいおい、肝心のマコトもびっくりしてるじゃねえか」竜宮が笑う。「実際どういう関係なんだよ」 「だから、付き合ってるの。隠しておきたいから、できれば言いふらさないでね」 はーん、と言いつつ竜宮は頷いた。ぼくは頭が真っ白になっていて、この現実をうまく認識できていない。 好きだ、という告白はゴルフ場でしたけれど、その答えはもらっていない。むしろ、ぼくが彼女の犬になることが、告白の答えなのではとさえ思っていた。それは、付き合っているという状態ではないと身をわきまえていたのだが。 顔が、熱い。冷奈は平然としている。というか、悪戯っぽく笑っていた。今の言葉が本気なのか冗談なのか、ちょっとわからなくなり、それで落ち着きを取り戻していった。 アナウンスを開始するチャイムが聴こえる。 「新人社員のみなさん、ただいまより、業務の説明会を行います。演武館に集合してください」 繰り返し、放送が行われる。この場にいた新人たちが続々と動きだした。行こうぜ、と竜宮が言い、歩きだす。冷奈は両手を後ろに組んで、微笑みながらぼくの顔を覗き込み、それから背中を向け歩きだした。少し、距離ができてから、ようやくぼくも一歩、踏みだす。 ふっと、風が背後から前へ吹き抜けた。花びらが飛んでいく。そんなに違和感のない風だったのだが、なんとなく振り返った。分館に続く道の先にはもう誰もいない。 「陽……」 口をついて彼の名を呟いていた。胸に残る、ほんの少しの罪悪感がそうさせたのかもしれない。 陽を殺したことは、後悔していない。ただ、ぼくが執行人の力を引き継いだことは、ふさわしくないことだと思っている。復讐のような形で陽を殺して手に入れたものだから。いくら不意打ちでお父さんを殺したのだとしても、あのまま陽がこの力を有していたほうが、まだ、正しかっただろう。 ぼくは、冷奈に救われたんだ。この力が分不相応なものだとしても、正式に執行人代行の力を受け継いだ冷奈の意志についていけば、罪滅ぼしというか、償いができる気がするから。自分の存在を肯定できる。 いつか死ぬという事実に、実感は湧かない。この命が終わるのは、どれだけ先のことになるのだろう。 そのとき、陽が望んでいた以上の、素敵な世界にできていたらいい。頑なに自己を律する冷奈なら実現させられると信じている。 願わくは、その時代に生きるシムズの小学生たちが、怠惰で憂鬱なんかじゃない、希望に溢れる日常を送れることを切に祈るばかりだ。陽のような子供が救われ、保護され、夢を見られるようにしたい。ぼくらが、そんな新しい世界を、絶対に作りだしてみせるから。 振り返り、歩みだす。 風が、ぼくの顔に触れて前方へと吹き抜けていった。罪悪感が陽の存在を意識させる。 振り向きそうになる思いをぐっとこらえ、真っ直ぐ、前を向いて進んでいった。 |
(了) |