魔法シンドローム

第三話.組織の魔術師(avant)



「よお知恵遅れ。作文は書いてきたか? お前がいなくなってすぐに窓を業者が直しにきたよ。昨日のこと、ちゃんとママはお前を叱ったか? 化け物組織はやっぱお前を怒ったりしないのか?」
 和也くんはシムズ社会のシステムをよく知っていた。両親がシムズの存在や特権に異を唱えるアンチ派の人たちだと、風の噂で耳にしたことがある。何かあるとすぐ侮蔑するのだが、ぼくはいつものように無視を決め込んだ。でもたまに我慢できず、こういう挑発をする人を攻撃してしまう。怒りを覚えると能力が漏出しやすくて困る。だからこそ、煽られることにも慣れなければいけなかった。一歩間違って相手を殺したら、自分も死ぬことになるのだから。
「甘やかされるからお前みたいな頭の悪いやつができあがるんじゃないのか? いつまで経っても分数の計算もできないのは勉強してない証拠だろ。怠けたのがいると、バカが伝染するんだよなあ。オレ、中学は進学校に行くんだよ。もし受験に失敗したらお前のせいだからな。責任取れよカスヤロウ」
 ダン、と椅子が蹴られた。構わず、ぼくはランドセルを持って席を立つ。
「おいどうした。気色悪い力を使ってみろよ」
 そうしたら先生に言いつけられて、またぼくは下校することになる。それも構わないんだけど、またお母さんが学校に呼ばれるので、我慢したほうがいい。
「和也、その辺にしとけよ」
 陽の声。いつもは傍観しているのに、止めるのは珍しかった。毎度同じことを繰り返すので、いちいち庇ってくれなくなっていたのに。
「陽くんは関係ないだろ、しゃしゃりでてくるなよ」
「関係あるさ」席で頬杖をついたまま口を開く。「まことが力を使ってまた帰ることになったら、まことは部活に来られなくなる。今日は六年生が三人揃うように気をつけてくださいね、って顧問の幸村先生に言われてるんだ」
 それはなんだろうと曖昧な想像を浮かべつつロッカーに向かう。和也くんが嘲笑した。
「ただ遊んでるだけの能無し部じゃん。活動してもしてなくても変わらないのに、なに真剣になろうとしてんだよ」
「剣道や他の部活だって、遊びの延長線上みたいなものじゃないか」
「はあ?」和也くんが声を荒らげ、陽の元に向かっていく。「頼むから、お前たちの部活とオレらの剣道部を一緒にしないでくれ。お前らの魔術部なんか、持って生まれた力で戯れるための部じゃないか。オレは小さな頃から剣道やってて、努力を重ねて、ウチの剣道部を全国大会まで導いたんだぞ」
 以前も和也くんはぼくにこの話をした。個人では全国のベスト8に入ったとか言ってたっけ。そのときの一方的な会話を思いだしながらランドセルをロッカーに入れ、一先ずその場で待機する。陽はうんうんと頷いて小さく拍手をしていた。
「和也は凄いよ。俺はお前を尊敬してるんだ。けどさ、なんていうか、人生もったいなくないか?」
 和也くんは「あぁ?」と威圧的に言う。「お前らの方がもったいないだろ、だって……」
 先を言い淀んだ。
「何を言おうとしたかわかってるよ。和也からしたら、あと十三年くらいしか生きられない俺たちが何も努力せずに人生を棒に振りながら遊んでるのが、もったいないって、思うんだろ」
 和也くんはおそるおそる頷いて、押し黙る。いつの間にか他のみんなも喋っていない。陽は机の上に両腕を交差させた。
「なあ、和也」
 なんだよ、と和也くんが返すと、陽は微笑を浮かべた。聖人君子を思わせるような、ぼくが好きな彼の表情の一つだ。
「生きていて、本当に愉しいか?」
 言葉を受けた瞬間、和也くんの顔が微かに歪んだ。



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