魔法シンドローム

第三話.組織の魔術師(page.B)



 魔術部の雪合戦はドッチボールに似ている。三つか四つのチームに分かれ、チームごとに陣地を決め、チームから王を選んで冠を被る。その王が当てられたらチームは退場。アウトの基準はドッチボールと違い、どこに当てられてもダメ。キャッチもできない。王が最後まで残ったチームが優勝となる。能力は相手に怪我をさせなければいくらでも使っていい。もし能力での攻撃で負傷させれば全員アウト。連帯責任だ。あとは冷気によって雪を硬化するのも禁止。昔、陽が硬化させた雪玉を学校の壁に向かって投げつける遊びをしていたが、誤って窓ガラスにぶつけ、破ったことがあった。凶器になるので危険だ。
 試合が始まると、王様目がけて一斉に雪が投げつけられる。ぼくは一人でチームを守る盾になった。あとの二人と王様にも攻撃をしてもらう。王に向かってくる雪玉を優先して風で弾いた。とはいってもスピードの乗った雪玉が連続で飛んでくるのだから、さすがにそれぞれの軌道をずらすことで精一杯だが、王は陣の後ろに下がっているのでこれだけで事足りた。
 Bチームはぼくが鉄壁の守りをこなしているので良いのだが、AもCも開始数分で一人ずつアウトになっていた。人数的にCが有利なので、先にAが潰れるか──
 そう思った矢先、Cの王様が悲鳴をあげた。どうやら雪玉が当たったようだった。功績をあげたAチームの五年生の男子がガッツポーズをしている。
「まこと先輩!」
 ふいに呼ばれ、自分が気を抜いていたことを知った。ぼくを呼んだ子に視線をやると、ちょうど彼の足元に雪玉がヒット。
「あ、ごめん」
「いいから、王様を守ってください!」
 彼が空を指す。二方向から雪玉が放物線を描いて、すでにぼくの上空を過ぎていた。王に向かって落ちていく。それを確認すると同時に、強い風が連続してぼくに吹き付けた。AとCの境界の、最も離れた位置にいる冷奈がこちらに向けて力を発現している。ぼくの妨害をしているらしい。なかなかの強風で、相殺していなければきちんと立っていられない。四年生の女子がなんとかぼくらの王を守っていた。Aチームの陣地が広くなったので、二手に分かれて攻撃を仕掛けてくる。王も風を起こして身を守るが、一年生であるため能力の使い方が甘く、防ぎきれていない。ほとんど動いて避けていた。あれではいつか当たってしまう。
 きゃ、と悲鳴が傍で聞こえた。ぼくのチームの女子に当たった。王を守ることに専念したため、自分への攻撃を防げなかったのだ。ぼくは冷奈の執拗な風による攻撃を殺しつづけており、うまく力を扱えない。
 万事休す。
 と、いうわけでもない。力を持続させられないから、ぼくはいつも全力を切り札として温存していた。三対二。ここから巻き返すのが面白いんだ。
 気が引けるが、ほぼ全開の魔力(マナ)を冷奈目がけて発現する。相手の風を一瞬で飲み込み、彼女を軽く吹き飛ばして尻餅をつかせた。……やりすぎたか。不安を感じつつも状況を把握しようと陣を見渡す。両脇から雪が投げ込まれ続けており、まだ当てられていないものの、王はもはや力を使わずに右往左往して避けていた。Cの王を討ち取った子が、笑いながら素早く二つの雪玉を投げてくる。もう一人は必死の形相で雪玉を投げつける。王の顔が歪み、ついにしゃがんでしまった。あんなに集中攻撃されては仕方ない。ぼくは能力を発現し、横から軌道を逸らしてみせた。上空から、三つ続けて雪玉が迫ってきている。戦意喪失した王を完全に捉えていた。風で押し飛ばそうにも間に合わない、再発現(リブート)しようにも、一度魔力(マナ)をそこまで到達させる必要があるのに──
 それでもぼくは手をかざし、王を守るような障壁の発現を試みる。すると、雪玉は王に当たる寸前だったにも拘わらず、手前で弾かれた。連続する二つの雪玉も同様に、王の手前で軌道が逸れていく。
 一旦魔力(マナ)を発しなかったのに、再発現(リブート)ができた……。
 王は不思議そうに周囲を見回す。Cチームの男子が悔しがる。向こうからすれば、王が自身の風で弾いたように見えただろう。
 ぼくは王の元へと駆け寄った。若干泣いてしまっている。虐められているみたいで怖かったのだろう。
「これは、戦いなんだよ」ぼくは口調を強めた。「君は王様なんだ。君を守れる兵士がまだいるのに、王が泣いていてはいけない」
 Cチームの攻撃に気を配る。めげずに雪玉が投げつけられるが、その全てを風圧によって軌道を逸らしてみせた。ぼくは笑み、彼の涙を指で拭った。
「王である君さえ諦めなければ、勝機はある」
 連続して向かってくる雪玉を弾き続ける。まだ眩暈を感じないが、そろそろ力もぶれる頃だった。
「当たらなければどうということはない。ぼくを信じて。君には絶対に雪玉が当たらないから。王様は、とにかく向こうの女王様目がけて雪玉を投げて」
 わかった、と威勢のよい返事が聞けた。すぐに後方から敵陣目がけ、雪玉が投擲(とうてき)される。女王様は奥にいるため、必然的に空に向かって投げるしかなかった。雪玉が薄い雲に重なると、その瞬間区別がつかなくなる。
 妙案を思いついた。
 相手の雪玉を風圧で迎撃しつつ、王様が宙に投げる雪玉に風の道を与えるよう、微妙な加減で魔力(マナ)の発現を試みる。稲畑公園でお父さんがやったような、遠距離からの再発現(リブート)なのだが、自分にもできるだろうか──
 王様の投げた雪玉が明らかに飛距離を伸ばし、冷奈のほうへ流れていった。宙を舞う雪玉に対して、再発現(リブート)できている。コントロールが難しいが、繰り返す内に徐々に感覚をつかんでいた。冷奈は、玉の軌道がおかしいことに気づいて当惑する。
「玉は大きくても小さくてもいいから、とにかく空に向かってたくさん投げて!」
 王様に指示を出すと、彼は急いで雪玉を投げ入れてくれた。空に魔力(マナ)を放出し、そこに来る雪玉に対して再発現(リブート)を行い、女王の元まで流して投下する。彼女はついに防ぎきれなくなり、動きだした。時間の問題だ。一気に畳み掛けようと、いくつか雪玉を更に上空へと吹き飛ばしてみせる。逃げ惑う冷奈の目の前に、連続で落下していく。王様が頑張ってくれるので玉が途切れなかった。Bチームの兵士はもはや対処しきれていない。冷奈が悲鳴をあげていた。一つの雪玉が、彼女の王冠を目がけていく──
 甲高い音が聞こえた。王冠が弾かれて、冷奈の足元が崩れ、地面に倒れる。
 勝った、と、その瞬間は悦に入ったが、倒れたまますぐに動かない彼女を見て不安を覚えた。駆け寄ろうとして、その前に人の姿をとらえた。冷奈の更に向こう側。小学生の風貌ではない、真っ黒な装い。試合に集中して気づかなかったが、結構グラウンドの中に入ってきている。
 ハッ、と気づいた。空を仰ぐと案の定、飛ばしすぎた雪玉がいくつか、凄い勢いで落下してきている。最悪なことに、一つがその人に向かって降っていた。冷奈の身体ごと突き飛ばすような威力を思いだす。
「危ない、逃げて!」
 ぼくは叫び、一か八か再発現(リブート)を試みる。だが全くもって影響を与えられない。きちんと能力が発現されたのかもわからない。その人は、ぼくの声に反応して足を止めてしまう。
 逃げてって言ったのになんで立ち止まるんだ──
 その人が空を見上げ、雪玉が顔面に向かっていく。死刑、というワードが脳裏を過ぎった。相手は反射的に手を伸ばし、顔を背ける。ぶつかる、と思ったのだが、微かに雪玉がぶれたようにみえた。それから掌に当たり、腕が引かれる。雪玉を、キャッチした。
 まさか、受け止めてしまうとは思わなかった。ぼくはおそるおそる拍手する。だがその人は、雪玉を受け止めた手の裏から、鋭い眼光をこちらに飛ばした。こっちに歩いてくる。よくみればスーツを着ていた。それと特徴的な髪型。赤茶色に染められており、派手に盛ってセットしてある。胸元には、(くれない)のネクタイ。
 握られていた雪玉が、燃え上がった。
 火球となり、しかしすぐ雪の蒸発と共に炎も消えた。それだけでもうわかる。とんでもない火力を秘めたシムズ。組織の人だ。雪玉を炎で包んで一瞬で蒸発させるなんて、今まで見たことがない。
 冷奈が唸り、頭を押さえながら立ち上がってくれた。よかった、とぼくは呟いた。
「ガキの遊びのクセにふざけやがって」
 ドスの利いた声。かなり怒っている。
「今俺に、氷の塊を投げたクソ馬鹿はどいつだ」
 故意に投げたわけじゃなくて氷の塊でもない。そう突っ込みたかったのだが、ぼくは気づいた。王様は、早く雪玉を作ろうとするあまり、冷気で雪を固めていたんだ。
 王様に視線を向ける。きちんとわかっているようで、表情が優れなかった。仕方ないと思い、ぼくがそっと手を挙げる。そもそもこの人の方まで雪玉を飛ばしたのはぼくだし。運が悪かったんだ。
「なんて名前だ」
 依然、眼差しと声がきつい。怯みそうになりつつも、表情に出さないよう自分を律する。フルネームを述べた。
「そうか。まこと、俺の前に来て(こうべ)を垂れろ」
 高圧的な振る舞いが、ぼくの身体の自由を奪っていた。歯向かうことなんかできやしない。相手の前へ行き、ごめんなさい、と言って頭を下げた。
 唐突に、頭を鷲掴みにされた。冷えた汗が首筋を伝う。髪が燃え尽きてハゲになった自分の姿を想像した。それだけで済めばいいけれど。炎に包まれると、どうなるんだろう。顔から魔力(マナ)を発現することはできないし、守れない。火傷したくない。動揺が、自制の箍を外しそうだった。でもこの人に攻撃したところで、勝てそうにない。そもそも魔力(マナ)を放出して風をぶつけたって、攻撃力って大してないし。おとなしくしていよう。殺されることはないはず。この人だって死刑になるし。
 大丈夫だという解釈を当てはめても、恐怖が止め処なく噴出する。この人の呼吸一つで最低でも髪を失うのだと思うと、顔が引きつってしまった。
「上出来だ」
 打って変わって、優しげな声が聞こえた。後頭部を撫でられる。
「全く力は漏れてなかった。自制心が鍛えられてるな。それと、さっきの攻撃も悪くない。場合によって俺たちは悪者と戦う任務だってある。そんな奴に今のような奇襲を仕掛ければ、隙を作れるかもしれない」
 ……試されていた。
 手が離される。ゆっくり顔をあげると、信じられないことに相手は微笑んでいた。
「ただ、もし相手が俺じゃなかったら。力を持たない健常者だったら? そいつにお前の飛ばした氷の塊が脳天に直撃したら。俺が言いたいこと、わかるよな」
 ぼくは小刻みに頷きまくり、もう一度謝った。
「俺は別にあんなの防ぐことなんか訳ない。二度も謝罪する必要ない。ただ、他ならぬお前のためにも、今後は力の使い方に充分気をつけろ」組織の人がみんなを見渡す。「他の奴らも同様だ。いいな」
 各々、はい、と返事をしていた。
「ところで六年はどいつだ」視線がぼくに向く。「まこと、六年か?」
 はい、と小さな返事をした。「あと、二人います。そこの、(ひいらぎ)冷奈ちゃん」
 ふと大事なことに気づいて、慌てて彼女の元へ駆け寄った。足元に転がる雪玉は、二つに割れている。感触を確かめると、やはり硬かった。
「ごめん、冷奈ちゃん。頭は大丈夫?」
 冷奈は笑みを浮かべてくれて、頷いた。左手に持つ王冠を振る。
「これ被ってたから平気」
 背後からも謝罪の声。ぼくのチームの王様だった。
「怪我はないし、いいよ。でもルール違反だからBチームは負け。冷気を使って雪玉を固めるのは、もう絶対にやっちゃいけないからね」
 男の子は頷く。すると冷奈は彼の頭を撫でるのだった。彼女は隙さえあればすぐ頭を触る。癖のようなもので、ぼくや陽もすでに数え切れないほど撫でられていた。
 あー、と組織の人が言う。「そこの彼女が王様で、そこの小さいのが雪を固めて投げまくって、まことが風を使って更に飛ばしてたのか」
 そうです、と男の子。
「飛ばしたっていうか……まこと君、明らかに雪玉をコントロールしてたよね」
 ぼくは得意げな笑みを浮かべ、まあね、と言った。ふーん、と組織の人。
「お嬢ちゃん、冷奈だっけ。頭に当たったんだろ? 俺が診てやるよ」
 男が、冷奈に近づいてくる。ぼくはなぜだか緊張した。冷奈は髪を触って、当たった箇所を見せようとする。男はよく見えないと言い、片方の髪留めを外すよう要求した。冷奈は素直に従う。男は遠慮なく彼女の髪に手をつっこんだ。
「コブができてるよ。ここ、痛む?」
 どうしてか猫なで声だった。冷奈は首を振る。男は髪に触り続ける。
「君が健常者だったら痛みがあるかもしれない。身体に異常を感じたら、先生か誰かに言うんだよ。怪我するのは慣れてる? 意識をコブに集中させれば、治癒も早まる」
 そんなことシムズなら誰だってわかってる。男は、関係ない箇所も執拗に撫で始めるので、いい加減離れてほしかった。
「冷奈、髪が綺麗だね。俺、ロングヘアって大好きなんだよなあ」
 空気が変わったように感じられた。みんなが注目しているなか、男は冷奈の肩を掴む。彼女は何の抵抗も示してくれない。いや、むしろ、顔が綻んでいるように見受けられる。可愛い、などと男が呟いた。すると冷奈は「えへへ」と照れるように笑った。
 ふいに男が顔を傾け、あろうことか冷奈に唇を寄せた。女子たちが息を呑む。ぼくは全身の産毛が逆立ったように感じられた。男の身体目がけて能力を──
 その直前、男はまるで何かに弾かれたようにのけぞった。二歩後退して足元が崩れ、雪に尻を着く。
「冷てぇ……両方の意味で」
 冷奈が手を掲げている。男のスーツに白く細かい粒がついていた。顔にも付着しており、どうやら彼女が氷結させたらしい。
「殺すぞ」
 声音の高さに耳を疑った。聞こえた瞬間は、男が口にしたんだと思い込みたかったのだが、明らかに冷奈の声質。女子たちの顔が強張った。
「絶対に超えちゃいけない線ってあると思うの。次にそこへ足を踏み入れたら、とりあえずセクハラで訴えるから」
 ……さっきの一言は聞き間違いだったのか。男も訝るような表情をしていた。おそるおそるといった具合に笑みを浮かべる。
「知らないの? そんなことしても警察は取り合ってくれねえよ」
「はあ?」
 また、怒気を含んだ彼女の声。聞き間違いではない。怒った姿は何度も見たことあるが、今の冷奈は少し毛色が違った。れーちゃんが怖い、と低学年の子が泣きそうになっている。
「そっか、教わってないんだ。教師も話す機会ないもんな、こんなの。簡単に説明しておいてやるよ。俺らシムズは、大概の法律で守られない」
 それはなんとなく知っている。健常者の児童を対象とした法がぼくらにはほぼ適応されない。でもそれが、セクハラにまで及ぶとは思わなかった。
「その代わり、ある程度の武力行使が許されている。たとえばプロボクサーの拳は攻撃力が高いから、身に危険が迫って反撃をしても、過剰防衛として罰せられるケースが多い。けれど俺たちシムズの能力はこの限りじゃねえんだ」
 それも知ってる。自分や誰かを守るためなら大いに力の発現が許されていた。
「もちろん、健常者相手なら限度がある。重い障害を背負わせた場合、正当な理由がなければ罰せられる。でも相手がシムズならここに制限がない。シムズ同士の争いや、シムズが被害者の暴力沙汰にも、国や警察は一切介入しねえんだよ。だから、たとえ俺が力づくで嫌がるシムズの女の子にキスをしても、残念ながら警察は助けてくれない。そんな俺に対して、さっきのように思いきり能力を発現して怪我を負わせても、冷奈は裁かれることがない。そういうこと」
 なんだろう、この噛み切れないような感じ。説得力もあるし、理解できたんだけど、納得したくなかった。嫌ならやり返せ、法律は見て見ぬ振りをする。そういうことなのだが、なんていうか……。
「そんなの道徳的におかしいです」
 冷奈が声をあげた。組織の人は嘲笑いながら立ち上がる。
「そんな道徳とか、世間体とか? 悠長に守ってたらあっという間に寿命が来る。俺たちの人生は短いんだからなあ。好みの女がいたらさっさと自分のモンにする。そいつがシムズならなお更──」
 また、冷奈に顔を近づける。だが彼女は瞬時に冷気をぶつけて進行を食い止めた。
「おわっ、冷てぇ!」
 男が後退し、手で顔を拭う。ジジ、と音が鳴り、微かに湯気が立った。冷奈が両手を向ける。
「わかったよ、冗談。もうやんないから」左手を振り、右手でスーツにさすると薄い煙が立ち上った。「女のシムズはこんなふうに襲われることがあるから気をつけろ、って俺は教えてやりたかっただけだって」
 冷奈がこちらに来る。ぼくの背後に回り、服を掴まれた。男は髪のセットを気遣うように、人差し指で後頭部を掻く。
「なに、君ら付き合ってんの?」
 どきり、と胸が高鳴った。
「いえ」
 ひどく冷たい声が背後から聞こえた。男に対してそんな態度を取っているのはわかるが、ぼくの心も凍りつきそうだった。男は、そっ、と発してから、呆然としていた下級生たちを見渡す。
「用があるのは六年だけだ。そうじゃない者は引き続き遊んでろ」
 はーい、と弱々しい声がちらほらと聞こえた。男の目が再びぼくらに向く。
「察してるだろうが、俺はお前らの実地訓練を担当する講師だ。とりあえず適当な空き教室に案内しろ。そこで明日行う活動の説明をする」
 こんなのが担当だなんて最悪だ、先が思いやられる。



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