01.イヤホン


 声は私を癒すもの。常に私と共にあるもの。
 私の友達は声だけ。声以外は何もいらない。携帯も、音楽プレーヤーも必要ない。
「五時限目ってなんだっけ? 英語?」「清原先生ってほんとキモいよね」「一組の内藤と四組の大桑、付き合いだしたらしいよ」「あたし土曜にね、内藤君と遊園地行くの」「四組の大桑っていうブスいるだろ? アイツ勝手に俺の彼女ぶりやがって周りに自慢して鬱陶しいんだよね。こっちは遊びだっての」
 くすっ、と私は独りで笑った。こういう人間の腹黒さなどを聴くのが、私にとっての至福の時間だ。
「桐嶋さん」
 私に向けられた声が聴こえた。ふっと顔を上げると、席の右側には女子が立っている。同じクラスの楠田(くすだ)さんだった。
「あ、起きてた。寝てるのかと思った。次体育だよ、早く出てかないと男子が着替え始めるよ」
 私は教室を見回す。もうすでに着替え始めている男子がいた。急いで席を立ち、体育着の入っている鞄を持った。
「ありがとう」
 控えめな声で楠田さんにお礼をいった。
「それ、外れてる」
 楠田さんは私の腰より下までぶら下がる黒いコードを指す。
「なんの音楽聴いてたの?」
 私の両耳には、イヤホンが収まっている。
「音楽じゃないよ」
「え、じゃあなに?」
 楠田さんは首を傾げた。私はそっと微笑んで、右手で胸をなでおろすようにコードを触っていき、端子を握り締める。
「清原先生、また田中が授業中に携帯いじってましたよ」「ミヨちゃん、調子はどう? 今日も学校に来なかったね。みんな心配してるよ。…………本当だよ、先生ももちろん心配してる」
 首を傾けたままの楠田さんの目を見る。
「声を、聴いてたの」
「声?」
 楠田さんは、意味がわからない、という具合に眉根を寄せた。聴かせてあげたいのだけど、このイヤホンから聴こえてくる半径約百メートル以内の声は、私にしか聴こえない。
「誰かの声を録音したものを聴いてたの?」
 間近で発する彼女の声もイヤホンから聞こえる。説明しきる気はないので、私は「うん」といっておいた。楠田さんは不思議そうな顔をしながら曖昧に三度ほどうなずく。
 イヤホンを耳から外し、鞄の中に仕舞った。



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