彼女が僕の中にいる

第五話.僕は弥城と遊ぶ(page.B)



「マズイよ、早く僕の中に入って! 弥城はただでさえ心臓いじめてる最中なんだから、君と鉢合わせたら発作起こして死ぬって──」
 雪兎は僕に手を伸ばすが、ひょいと避けてやる。
「おおげさだなあ、まあ弥城ならあり得るかもとか思えちゃうけど」
 彼が執拗に手を伸ばすが、疲れている相手なので余裕でかわし続けた。
「一つ、いや二つ新しい発見をしたよ。君が疲れてても、外に出た僕には全く影響がない。それと、僕に対する意識の弱さと疲労が重なったような状態でも、僕は出ることができるみたいだ。ほら弥城が来たよ」
 弥城がゼエゼエと呼吸を繰り返しながら、立ち止まり、僕と雪兎を交互に何度も見た。僕は服の中に入っている髪をかき上げて出しつつ、弥城に近づく。
「おつかれ。弥城ってマジで凄いね、ウェイト装備したままここまで来るんだから」
 弥城の呼吸が停止──いや呼吸困難になっている。ちらちらと、僕の大きな胸に視線がきた。黒い服なので乳輪は透けないが、乳頭はでっぱって浮いている。やがて弥城は助けを求めるように雪兎に釘付けとなった。雪兎は僕の前に出る。
「弥城、落ち着いて聞いてくれ、この子は」
 雪兎の肩を掴んだ。「僕が説明するから」
 弥城は息苦しそうにもがきだしていた。焦った雪兎が弥城に身を寄せ、背中をさする。ゆっくりと息を吸って、と雪兎が優しくいい、気つけに背中を何度か軽く叩く。大丈夫だぞ、という掠れた声が聞こえた。ちゃんと呼吸はできている。雪兎が、僕を睨んできた。弥城が苦しがってるじゃないか、といってくる。
「俺なら平気だ、突然見知らぬお方が声をかけてきたから、少しだけ驚いて息の吸い方を忘れただけさ、ありがとう雪兎、もういいぞ」
 雪兎が離れると、弥城は広大な川面の方を向いて深呼吸をしていた。今のうちに入ってよ、と雪兎が小声でいう。急に消えたら怪奇現象だろ、と小声で返す。
「あ、ああっ、あぅ、おぁ」
 弥城が川を見つめたまま(ども)りだした。僕に何かを言いたいのだろう。再び雪兎の肩を叩き、「僕に任せて」といった。彼は眉間に皺を寄せている。僕は前に出た。
「僕は雪兎君の友達の、鈴木雪と言います。僕もよく走ってて、ここを休憩地点にしてるんです。雪兎とは数か月前にここで知り合いました」
「お、おん、オンナ、おぅ、ボゥ、ボクって……」
 ものすごいあがりようである。何を言いたいのかは察した。
「僕っていってるけど、女ですよ。雪兎から弥城の話は聞いてます。馴れ馴れしく弥城なんていっちゃってるけど、それくらいあなたに親近感があるんです、だから僕のこともユキって呼び捨ててもらっても大丈夫だから」
「あ、アアッハ、どぅー、し、なぜ、ど、ここ、こっここ」
「なんで今日はここにいるか、ですか?」
 弥城はそっぽを向いたままぶんぶんと頷いた。
「たまたまだよ。弥城は女性がとことんダメな人だから、雪兎には帰れっていわれたんですけど、でもどんな人か見てみたいなあって」
 あっぷあっぷとまるで溺れているみたく弥城は呼吸を繰り返す。
「弥城ごめん」雪兎が口を開いた。「もう先に行ってて。僕、すぐに追いつくから」
「お、俺、べ、つに、オンナ、なん、なんともないでご、ザマス!」
 そう、弥城は女性に抵抗なんてないと言い張るんだ。明らかに緊張してあがりまくりな姿を見せても、男だけになってそのことを突っ込まれても、「俺は普通に話してただろ」などといって認めない。
「じゃあさ、僕も一緒に走っていい? まだ運動量が足りないんだよね」
 雪、と彼が怒気をはらんでいう。
「くゎ、くぁいっすよ、けど、おぅ、ウォレ、ちの、ついて、こっここれます?」
 僕が女だから、ついてこれるのかと聞いているのだろう。弥城なりに気を遣っているんだ。
「雪兎と同じで持久力はあるから平気だよ」
「ずゎ、うぃ、イクッ、ましょ」
「うん、行こう」
 弥城は対岸を向いたまま大仰に二度頷いた。僕らに背を向けると、まるで短距離走のスタートダッシュみたいに走りだす。焦って確認しないから、道路を渡ろうとして車にぶつかりかけた。車は急ブレーキをかけて停まり、運転手は「お前バカかっ!」と叫ぶ。それを無視して弥城は物凄い速さで行ってしまった。……ありゃ足首ぶっ壊すな。
「雪、僕の中に入ろう」僕の肩を掴んだ。「女性が一緒にいたらあいつ、正常じゃいられない。夏に向けて大会が控えてるのに、怪我させたら大変だよ」
 不意をつくように、懇願する眼差しで彼を見つめた。雪兎の瞳孔が少し開く。僕は首を傾げて微笑んでみせた。それだけで雪兎はあからさまに動揺し、顔を赤らめた。
 その隙を見計らって一気に駆け出す。彼の手は容易に外れた。
「ちょっと雪!」
 休んだとはいえ、彼は疲れているので簡単に引き離すことができる……が。
 胸が、めちゃくちゃ重い。しかも痛い。全く思い通りのスピードがでない。ぶるんぶるん揺れ、肉体の自由を奪ってくる。女性としてランニングするのはこんなにも辛いものなのか!
「おい弥城、ペースを落とせ、ただでさえ足首に負担かけてるのに」
 弥城の姿をとらえて声をかけた。が、奴は急激にスピードを上げる。
「あ、コラッ待てよ!」
 僕も無理にスピードを上げた。弥城の呼吸はかなり荒い。すぐに追い抜いてみせた。
「スピードを落として、頼むから」
 弥城は、手で押さえる僕の胸を見る。
「僕は無理して走ると、胸がすごく負担になるんだ。だから弥城がスピードを落としてくれないと辛い。いつも折り返しの後はゆっくりと一緒に走ってただろ。雪兎とは」
 おふぅ、こふぅ、などと妙な音を出しながら、弥城は素直にスピードを緩めていく。と思ったら、相当無理していたのか、呼吸を荒くさせながらほとんど歩きの速度になった。
「ほら、すげぇ無茶して走ったんだろ。雪兎が来るまで歩こう」
 といったら、弥城は足を止めてしまった。激しい呼吸とあがり症のせいか、人間の出す音とは思えない息切れをしている。ついには堤防のコンクリートの壁に倒れ込むようにして座った。僕は傍でしゃがみ、「大丈夫?」と訊く。弥城は仰け反っていくが、足は動かない。僕は重りを掴み、マジックテープをはがし、金具からバンドを抜く。コヒューという呼吸に紛れて弥城が何かいっている。両方の重りを持つと、かなりずっしりしていた。
「弥城は根性で無理してやり通そうとするタイプだよね。でもそれで肉体を壊したら元も子もないだろ。足、痛いんじゃないの? 血流を良くしてやるよ」
 弥城の脹脛を掴み、勝手にマッサージを始める。というのは口実で、僕は弥城の心を覗く意識を持ってみた。……何も感じない。思考は見えてこない。
「ねえ弥城、今、何を考えてるの」
 足を揉みながら前屈みになり、胸を寄せてやる。すると弥城は口をパクパクさせて目玉を物凄い速さでぐるぐる動かしていた。……こいつをいじるのすっげぇ楽しいな。
「男は良いよねえ、胸がないから。僕はこの大きすぎるおっぱいが邪魔でさ、走ると痛いし、動きにくくて嫌なんだよね」
 はあ、とため息を吐き、更に身を弥城に近づける。
「ねえ、僕の身体ってどう? おっぱいがデカすぎてキモくない? 僕さ、この肉体に自信が持てないんだ。僕を見て興奮できてる?」
 弥城の視線は僕の胸に釘付けだ。股間を見ると盛り上がっている。勃起してるな。
 ──つまり、雪兎以外の人物から欲情を向けられても、僕は何も感じない。
「なにしてんだよ、雪」
 追いついた雪兎が声をあげた。
「弥城の足をマッサージしてる」
 雪兎の顔が強張っていた。歩調を荒立て、僕の背後に立つと、腕を掴んで引っ張ってくる。
「離れなよ、弥城が困ってる」
 その言葉は建前で、僕が弥城に触れていたことに嫉妬している。僕は微笑んであげた。どきり、と彼は動揺する。
「ユ、ユキさんは、俺を気遣ってくれたんだ、だから大丈夫だ、真白」
 おっ、まともに喋ってる。「ほら雪兎、これ持ってて」
 弥城の重りを渡した。弥城に行けるかと訊くと、足の具合を確かめ、問題ないといい立ち上がった。
「じゃあ三人揃って流すように走ろう。いつもそうするんだろ」
 雪兎は不満げな表情だった。そんな彼の背中を叩く。すると歩きだすので、僕が走る仕草をみせれば、つられて彼も走りだした。
 車通りはあまりないので、三人並んで走った。雪兎が真ん中、右が弥城、左に僕。弥城は時折ちらちらと僕を気にしていたけれど、十分ほど走り続けても誰も喋らなかった。
 ああん、といきなり声が聞こえる。弥城が何かを言いたがっていた。どうしたの、と雪兎が訊く。おおん、ふぉん、などと言葉にならない声が続いた。弥城の呼吸が乱れている。ずっと平常心を保って走っていたようだが、僕への意識を強めると駄目らしい。つまり僕に何か言いたいんだ。
「弥城、君は自覚がないのか、そう思いたくないのかわからないけど、やっぱり女性にひどく抵抗があるんだね」
「ち、ちがっ、そっ、ナコ、アナ、あなる、あなりません」
 強情なやつめ。「思うにね、まずはそれを認めたほうがいいよ。聞けば、雪兎以外の友達の間でも、弥城が女性に対して極度のあがり症だってことは周知の事実らしいじゃん」
 そうなのか、と小声で雪兎に訊ねる声。雪兎は僕に向けて「余計なこというなよ」と呟く。が、僕の思考はそもそも、雪兎の思考でもある。心奥で、弥城の女性に対する過度な意識を不憫にも思っていた。それを影でバカにする人もいたので、余計にそう思っていたのだろう。
「せっかく絶世の超可愛い&超美人の僕がランニングに付き合ってあげてるんだからさ」かなり思いきって口にした僕。「女性と接するトレーニングしようよ。弥城、トレーニング好きでしょ? こんな絶好の機会ないよ。しかも僕は君の女性の苦手を理解してるんだし。ねっ、雪兎」
 雪兎は依然、面白くなさそうな顔だ。僕が他の男に良くしようとする姿が気にくわないんだ。でも、
「そうだよ弥城、雪ってすごく理解のある人なんだよ。雪の胸を借りるようなつもりでさ──いや胸っていっても心の方だけど」
 雪兎はそういった。僕はふふっと笑ってやる。ふいにグス、と音が聞こえた。弥城の方から聞こえるのだが、まさか。
「弥城、泣いてるんじゃない?」
 小声で雪兎にいった。え、違うでしょ、と彼。
「鼻がな、むずむずとなっただけだ」
 声が聞こえていたらしい。ていうか今かなり自然に喋ったような。
「今、普通に話せたよね。弥城、僕になにかいってみせて」
 だが、途端に弥城は吃ってしまう。このままではすぐ家に着くので、歩こうと提案した。僕らは歩度をゆっくりとさせる。僕の方から、弥城に簡単な質問を繰り返した。自身が女性に対して極度に緊張することをはっきり認める気がないようだが、でも僕の会話になんとか付き合おうとするので、弥城も改善したがっているのだろう。弥城からも質問をさせた。どんな過激なことでも訊いていいと事前にいったのだが、当たり障りのないことしか訊いてこない。しかし効果はあった。徐々に弥城は、口調が滑らかになりはじめていた。試しに弥城の隣で歩いてみる。やはりあがってしまい息を乱したが、僕は容赦しない。後ろ向きで弥城の前を歩きながら、顔を見つめてやる。弥城は九十度左に首を回した。
「前向いて歩かないと危ないよ。ねえ、勝負しよ。弥城、勝負が好きなんでしょ。僕と目を合わせて、先に逸らしたほうが負け。簡単だろ?」
 弥城がおそるおそる顔を前に向ける。目が合った瞬間「スタート!」と僕は声をあげた。弥城の呼吸が小刻みになる。瞼をぴくぴくとさせている。デカブツのくせにだんだん泣きそうになっていった。
 と、急に弥城は首を九十度右に回した。その先には雪兎。二人はがっちりと見つめ合う。雪兎は戸惑う。弥城が、両手をびゅっと伸ばし、雪兎の両肩を強く掴んだ。二人は足を止める。弥城が顔を物凄く近くに寄せている。
「おい、見つめるのは雪兎じゃなくて僕の目だろ。弥城の負けね」
 弥城は微動だもせず雪兎の顔を見つめ続ける。キスしそうなほど間近に迫っていた。
「弥城……すごく、顔が近いよ」
 弥城は鼻息を荒くする。「真白なら、良いんだぞ。お前の顔は、見方によっては女性的でもある。でも大丈夫なんだ。お前は男だから。しかし相手が女性になると、俺はどうしてもダメだ、頭が真っ白になる」くすりと笑う。鼻息で雪兎の髪が揺れた。「そうだよ、俺は女がダメなんだ。今までずっといえなかったけど、女性を前にすると、何も喋れなくなって、全身が熱くなって、汗も噴き出て、そんな状態に恐怖すら感じて、俺が俺じゃいられなくなる」
 雪兎は頷きまくっていた。「それはわかってたから、顔を離してくれないかな」
 弥城は雪兎から離れた。身体を川の方に向ける。対岸の向こうに僕らの中学校が見えた。
「肉体は頑丈でも、女の前だと精神はどうしようもないほど軟弱になる。どうだ、面白いだろ。俺を嘲笑ってくれ」
 あっはっはっは、と僕はわざとらしく笑ってみた。おい雪、と雪兎が叱るような口調でいうが、弥城も同じように笑い飛ばした。僕が更に高らかに笑う。そして弥城も笑声を増す。僕はぴたりと笑うのを止めた。
「本気では笑えないよ。……僕だって、学校では人とうまく喋れなくて、ぼっちなんだから」
 砂利を蹴飛ばす勢いで弥城が振り返った。「ゆ、ユキさんがですが?」
「僕のことはユキ、と気軽に呼んでっていっただろ。同い年なんだから敬語もやめてくれ。そういう隔たりって僕は悲しいんだ」
「あ、ああ……すまん」
「うん。で、僕は友達がいないんだ。弥城みたいに全く喋れないってわけじゃないけど、上手に人付き合いができない。人の輪に入るのが苦手っていうか。弥城は、相手が男なら、そういうの得意なんでしょ? 人と仲良くするコツがあったら教えてほしいよ」
 コツか、と弥城は呟き、腕を組む。しばらく俯いて、その顔を上げると、なぜか雪兎を向いた。
「わからん」
 何か特別に意識しているというわけじゃないのだろう。ただ、と弥城は続ける。
「やったか、やらなかったかの違いだ」
 と、やはり雪兎を見つめながらいう。どういうことかと僕は問う。
「トレーニングと同じだ。その日の鍛練は必ず自身の肉体にプラスとなって跳ね返ってくる。ユキさ──ユキは持久力がある。それは当然、ランニングを繰り返しているからだろう。真白もよく一人で走ってたらしいが、今日の流れをみる限りでは、体力が落ちていたように見受けられるぞ」
 ついてこられなかったのによく見抜いている。
「俺だって、仲良くなれなかったやつは多くいる。それはどうしようもない。やった結果がそれなら充分なんだ。むしろやったことに意味がある。それだけでプラスとなっているものもあるはずだ。もし俺が何もやらなければ、友達はいないだろう。意思の疎通ができない岩と親しくなるやつはいないからな。でももし岩が自ら動いて、喋りかけてきたら、友達になれそうな気はしないか?」
「そりゃ不気味だろ」と雪兎はつっこむ。
「そうだが、真白だって岩に対して少しは口を開くだろ」
 雪兎は渋々という具合に頷く。
「喋りかけて友達になれない相手は、仕方ないんだ。その岩だって諦めるだろう。だが会話が広がり、関係が生まれたら、自然と仲良くなる。……真白、俺にとってその一人が、お前だ」
 ぐらっ、と僕の中で揺れ動くものがあった。岩、というのは弥城が自身を喩えていっていたんだ。
「なんでもいいから、一言だけでも喋りかけてみたらいい。上手に人付き合いができなくても、とにかく人の輪に入ろうとしてみるだけでもいい。やれば必ず何かはプラスになる。たとえ友達になれなくても、だ。……どうだろうユキ。これが、俺の思うコツだ」
「雪を見て言いなよ」
 うっ、と弥城は息を詰まらせた。ロボットのようにぎこちなく動き、僕の顔を見る。だが急に夕空を仰いだ。
「どうだろうか、ユキ」
「僕はどこにいるんだよ──」笑えた。「じゃあ弥城の理論に当てはめれば、僕は弥城に話しかけて、会話が広がって関係を持ったから、もう友達みたいなものだよね」
 弥城の目線だけが下を向く。「あ」という音を連発していた。
「弥城のいうことよくわかったよ。参考になった」
 弥城はもごもごと音を発する。何をいっているのかうまく聞き取れないが、どうやら今日のことを感謝してくれているようだった。
 真白家に戻ると、陽は暮れているため、弥城はすぐ帰ることとなった。さすがに疲れもあるのか、ウェイトは自転車のカゴに入れていた。弥城、と僕が声をかけると、大柄な体躯がビクビクしつつこちらに向く。
「おめでとう、弥城の女性に対する慣れのレベルが3に上がったよ」
 ハッとして弥城は雪兎を向く。数度頷いて、僕を向いてから、小刻みに頷いた。そうして僕たちは手を振りあい、別れた。弥城は満面の笑顔だった。
 部屋に戻ってから、弥城の思考は見えなかったこととその結果欲情の痛みも感じなかったことを雪兎に述べた。すると彼の顔がむすっとして、ベッドを強く軋ませるように腰を下ろした。
「じゃあ弥城ならそういう関係になれるんだね」
 うわぁー、いうと思った。「そうだね。弥城はたくましくてカッコイイし、僕の肉体を委ねたら情熱的に抱いてくれそう」
 彼の全身が粟立ったのが見て取れた。拳を握りしめている。胸部を膨らませ、ゆっくり息を吐いた。
「冗談でいったのはわかってる」
 彼を煽るのは楽しいので、もう少し遊んでやる。「冗談じゃない。想像しろよ雪兎。君が女になったら、セックスでどんなふうに感じるか興味あるだろ。真白雪兎は童貞だし、性的な接触に激しい興味がある。君とできるならヤったんだけど、でも無理だ。しかし他の人なら大丈夫。弥城とならセックスしても良いかなあって本気で考え始めて──」
 そこまで口にすると雪兎は勢いよく立ち上がり、僕の腕を強く掴んだ。ぐいぐい押され、背中が壁にぶつかった。僕は挑発的な笑みを浮かべてやる。雪兎はクソ真面目な顔だった。その裏側で、強姦してやる、という思考を繰り返している。それが雪兎の貧弱な妄想に過ぎないことはよくわかっているが、その意識がこちらに流れ込むことで、強烈な苦痛を伴った。顔が歪み、痛みを訴えるが、雪兎は離れてくれない。
「クソッ、妄想しかできないくせして……やれるもんならやってみろよ、僕は死ぬかもしれないけどな」
 あまりの激痛で口の端から涎が垂れた。唾液は僕から離れると消えるが、口元を伝うことはできるらしい。目が白黒とする。雪兎は一方的に興奮していた。僕の胸に、手が伸びてくるのが微かに見えた。



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