彼女が僕の中にいる

第六話.僕は僕に襲われる(page.A)



 電話の向こうでは移動するような音が聞こえた。子機なのだろう。しばらくして、もしもし、と声が聞こえた。
「あ、ああ、西村さん。僕、間違えて、西村さんを呼び捨てに……」
「やっぱり真白君なんだ」
「あぁ、そうです、真白です、ごめんなさい」
「ノゾミいますか、っていっちゃったってこと?」
「そ、そうです」
 それじゃあ、と呟く声。
「もしもし、ユキトはいますか?」
 まるで、ゲームにありがちなクリティカルヒットのSEが脳内で響いたようだった。それくらいの衝撃だった。彼にとっても、僕にとっても。います、とか細く答えた。
「これでおあいこ。ていっても、私は呼び捨てでも何も気にしないよ? 真白君の名前を呼ぶの、ちょっと恥ずかしかったけど。お母さんなら大丈夫。気にしないで」
『西村さん、呼び捨てにされたから自分も同じことするとか、男を悦ばせるツボ知りすぎですね、ハァ、ハァ、僕興奮しちゃいました』
 言葉を失っていた彼は正気に戻り、うん、と声を出した。雪がこんなこといってるって知ったら西村さんはどう感じるだろう、と思考する。
「真白君、それで何か用だったの?」
「ああ、えっと、なんだったっけ……」
 すっかり忘れている彼に要件を伝えた。彼は、自分で言葉を組み立てる。
「今日、電話で雪と話をしたんだ。それで、ぜひ西村さんに訊きたいことと、伝えたいことがあったんだ」
「え、ほんと? なになに?」
 西村さんの声は喜々としている。僕という存在がそれだけ受け入れられ、求められているんだ。
「昨日の夕方頃にね、もし僕が電話も無しに、一人でいきなり西村さんの家に来たら、それを受け入れてくれた?」
「昨日、真白君が来ようとしてくれたってこと?」
 彼は言葉に迷う。僕が台詞を考えてやった。雪兎は復唱する。
「用があってそっちの方まで行ったんだ。携帯は忘れちゃってたんだけど、もしそのまま西村さんの家に遊びに行ったら、どう思うかなって。当然迷惑だよね? それが僕はわかってるから、もちろん実行する気はなかったけど」
 彼のアドリブが少し入った。
「びっくりはするけど、部屋にあがってもらって、お茶やお菓子くらいは出すよ? 私の家で遊ぶっていっても、何もなくて申し訳ないんだけど……」
 雪兎、再び放心。僕は自分の考えが間違っていなかったことに対して、ヨシッ、といい胸中でガッツポーズした。
「本当はね、不安なの。雪ちゃんと真白君に来てもらっても、私、どうしたらいいのかなって。家でやることなんか何もないんだよ……漫画とか雑誌くらいしかないから。あっ、トランプはあるよ? 私、ポーカーや大富豪のルールはわかるから」
『おい雪兎、西村さんを無視するなよ』
(無視してないよ、ちゃんと聞いてる)
 そう思いつつ、彼は自身の考えが誤りであったことにショックを受けていた。
「私の家に泊まって、あまりにもつまらなくてユキちゃんを失望させたらどうしよう」
 やったぜ、お前のことはどうでも良いってよ、と僕はいってみる。雪兎は言葉を構築していた。
「雪なら絶対大丈夫だよ、やることがないくらいで失望するような人じゃないから、そんな心配しないで。部屋にテレビはある?」
「うん、あるよ」
「それじゃあ、良かったらゲーム機持ってくよ。西村さん、ゲームに抵抗ある?」
「ううん、全然ないよ、遊ぶもの持ってきてくれると、すごく助かります」
「良かった。じゃあ来週行くよ」
「えっ、来週!? 二人で泊まりに来てくれるの?」
「うん、雪の親も良いっていったみたいだから。金曜か土曜、どちらが大丈夫ですか?」
「それじゃあ、土曜日でお願いします」
「うん、わかりました。土曜日、夕食の後、電話します。それから行きます」
「はい」
「ええっと、西村さん、本当に僕も行っていいんですよね?」
 今更そんなことを訊く雪兎。
「逆に真白君がいてくれないと困るんだけど……。雪ちゃんとは初対面だし、うまく話せなかったらどうしようって」
 雪兎と西村さんの距離は随分と縮まったんだな。
「それじゃあ、夜、寝るってなったとき、僕だけ帰って、とかいうことにもならないですよね?」
「真白君、心配しすぎ。二人の布団もあるから。部屋の外で寝てなんて無残なことも言いません。いったでしょ、私、男の子とお泊りするのが夢だった、って。他の人だったら抵抗あるけど、真白君と雪ちゃんが一緒なら全然平気。むしろ私は嬉しいよ。だからもう疑うような考えは二度としないでください」
 自分が本物の女性に受け入れられている、という事実に、雪兎は感動を覚えていた。若干、僕の癪に障ったわけだが。僕はどこからどう見ても超可愛い女なのだが。いや中身は真白雪兎という歴とした男性だけど。
「ありがとう。それじゃあ、土曜日に必ず雪と一緒に行きます」
「うん。こちらこそありがとう。どうしよう、今からドキドキしてきちゃった。これから土曜まで眠れないかも」
 雪兎はくすりと笑う。「ちゃんと眠ってください。それじゃあ、西村さん」
「うん。楽しみにしてます。雪ちゃんによろしくね」
 うん、と雪兎は返事。西村さんが切ってくれた。雪兎は携帯をテーブルに置き、ベッドに仰向けで倒れた。大きく息を吐く。
『へっへっへ、なあ雪兎、二人で望海を襲っちゃおうぜ』
 一瞬だけ彼は妄想を巡らせてしまう。「変なこといって僕を煽らないで」
『煽ったって君はそんなことしないよ』
 彼は黙る。自身が度胸のないヘタレであることを勝手に認めた。
『度胸とかそういう問題じゃない。雪兎がそんなゲス野郎じゃないってことだよ』
 でも雪を襲いかけた、などと彼は考える。
『それくらい僕が魅力的なんだから仕方ない。逆の立場なら僕は同じことをして、その寸前で止めるよ』
 雪兎は納得する。僕はふへへと笑う。
『まあ僕は見た目が女だし、望海にあんなことやこんなことも平気でヤっちゃうけどな』
 雪兎は冗談として受け止めていた。本気なわけだが。
 と、携帯が鳴った。画面を覗くと、「西村さん」と表示されている。
『言い忘れたことがあったんじゃない?』
 おそるおそる携帯を持って構え、通話開始ボタンを押す。
「あ、真白君──だよね? 真白君の携帯だもんね」
「うん。どうしたの?」
「あのね、明日……」
 西村さんの口から、大胆な提案がされる。雪兎は不安になるが、反面喜んでもいた。二人は話し合い、そして、決意する。

 今日から期末考査を一週間後に控えたテスト週間に入るため、部活はなくなる。朝練もないはずだが、朝は弥城と会わなかった。……昨日の無理がたたっていないだろうか。
 教室に入り、席に目を向ければ、そこには姫宮さん。彼はこの状況に一向に慣れることなく、動揺してしまう。
『弥城理論に当てはめればさ、姫宮さんとはもう友達なんじゃないかな。あとちょっと押せばヤらせてくれるって』
(そういう下品な煽り方して僕の反応を愉しむの止めてよ)
『嫌だ。とにかく、客観的には君と姫宮さんは親しく声をかけるのも許される仲だって』
 自分のような気色悪い人間を受け入れているわけがない、特に姫宮さんはギャル系の女子なわけだし。雪兎はそうやって否定を繰り返す。
『黙れ』
 僕がきつい声音を発生させると、心拍数が一瞬はねあがり、否定の思考が止まった。急に怖い態度をとった僕に不信感を抱く雪兎。
『今のは君のためだよ。ほら、姫宮さんに親しく挨拶してみよう。それで嫌われるようなことがあれば、慰めに僕の胸でもケツでも揉ませてやるから』
 やる気が一瞬で充填された。まるでガラリと彼の人格が変わるようだった。元自分のことながら男は単純だ。歩みだして姫宮さんの背後に立った。躊躇するが、こうやって声をかける回数も重ねているため、
「おはよう、姫宮さん」
 案外、簡単にいった。姫宮さんは振り返り、おはよう真白君と返してくれる。だがすぐに隣の女子へ向き直り、会話を再開した。雪兎は困った。姫宮さんの友達が笑う。
『よかったな、おちょくってもらえてるぞ。もう一回適当に声かけなよ』
「姫宮さん、席、代わってもらえる?」
 姫宮さんがこっちを向いた。「女の子を立たせるつもり? 先生来るまでそこで立ってて」
 ちょっとユイひどーい、とか言いつつ女子は笑っている。彼は、若干傷ついていた。
『雪兎、違うよ。姫宮さんにとって、君はそこまでいえる仲だって認められたんだよ。他人行儀なままなら素直に譲ってくれてる』
 僕の考えを渋々受け入れるが、ではどうすればいいのかと問う。
『そんなこというならボクちんね、姫たんのお膝の上に座っちゃうぞー、ブヒィィィィィィって鼻息荒くしながらいってみて』
(いえるわけないだろ)
『場が凍りつくだろうね』
 姫宮さんがため息を吐いた。「真白君って気が弱すぎ。まあそこがいじりがいがあって面白いんだけどね。ほら、あたしの膝の上に座る?」
 などと、姫宮さんは大胆に誘うように、露出している太ももを軽く叩いた。
『雪兎行けっ、対面座位でいやらしく腰を振れええええええ!』
 それ男女の位置が逆だろ、と彼は思考でツッコミつつ、どぎまぎとする。姫宮さんは不敵に笑って立ち上がってくれた。
「そんなふうじゃ彼女作れないよ。それとも真白君、そっちの人?」
 姫宮さんがオカマのポーズを決める。周りの女子が笑った。雪兎、少し苛立ちを覚えてしまう。
『そうなんだよ、相手が男じゃないと僕は満足できない身体なんだ。さん、はい』
 さんはいっていわれてそんなこと口にできるか、という返しを僕は予想していた。それなのに、
「そうだよ、野郎にケツ穴をガン掘りされるのが僕の趣味なんだ」
 ──こいつ、突然吹っ切れやがった!
 その瞬間、姫宮さんたちのみならず、周囲にいた男女数名が声を失ってこちらを注目した。言い過ぎたかと、雪兎は冷や汗をかいた。姫宮さんが、ぶるぶる震えている。
 そうして、吹き出した。姫宮さんは甲高い声で笑った。姫宮さんの友達もおかしそうに笑っている。
「ちょっと今の聞いた? 真面目な顔して『野郎にケツ穴掘られるのが僕の趣味』とか」
 姫宮さんはひいひいと笑い続ける。雪兎は安堵して、着席した。お腹苦しいんだけど、と姫宮さんはいう。他の女子はすでに笑っていない。ちらりと右側の席に視線をやる。西村さんがサッと顔を机に向けた。真白君は本当にそんな趣味があるのかしら、とか妄想していたら面白いな。
 ギリギリの冗談を公然と言い放った雪兎。姫宮さんの後ろで棒立ちしてしまう頃と比べれば、随分、成長している。
 雪兎は更に今日、激変する。
 普通にそれ≠行うのではなく、いっそ周りを驚かせるような演出をしようと決めていた。そのための下準備として、ただいつも通り、机に顔を伏せ、孤独に時間をやり過ごす。朝以降は誰とも喋らなかった。一条と守丘から背中を殴られたが。
 四時間目の英語が終わり、ついにそのときが来た。空き教室から戻ると、雪兎は教材を片づけ、鞄から弁当を出す。右側の席の西村さんも、お弁当を出す。
 今まで通り孤独に過ごすままのほうが、目立たなくて良いのかもしれない。周りから見た真白雪兎≠フ範疇を飛び出さないほうが、無難なのかもしれない。でも、そうやって誰かに遠慮して、おとなしい人生を送っていていいのだろうか。後悔はしないだろうか。
 ──せっかく真白君と仲良くなれたのに、学校で一人で過ごすのは、何か違うと思うの。
 電話で、西村さんはそういってくれた。だから、雪兎は席を立ち、椅子を右側の席に付ける。弁当を西村さんの机に置いて、着席。西村さんは一切こちらを見ずに弁当を広げる。雪兎も西村さんの席で、黙って弁当を広げていく。
 ……誰も、何もいってこない。
 自然すぎて気づいていないだけだろうか。それともこんなものなのだろうか。
「に、西村さん」
 ようやく近くにいた女子グループの一人が怯えた口調で声をかけてきた。西村さんは「なに?」と振り向いていう。
「隣に、真白君がいるよ?」
 何かの間違いでそこにいるのでは、とでもいうような声だ。西村さんは「うん、いるよ」と平然とした声で返す。女子は口を「よ?」の形にして固まる。そのままグループの方へ顔を戻した。あの二人はどういう関係なのかと囁く声がする。
 僕らを訝しむ声が周囲へと伝播していった。ようやく異変として認められてきた。あの二人は接点あったっけ、喋ったところもみたことがない、付き合ってるのか、信じられない、などなど。これが自然な反応だ。学校の、しかも教室という更なる閉鎖空間で、ましてや孤独に過ごしていると皆が認知する男女がくっつく、というのは天変地異なのだ。そもそも男女で一緒に食事をしているのは松本君と同じこのクラスの祖父江(そぶえ)さんのみ。二人は交際していて、クラス全員がそれを認識しているため、二人が一緒なのは自然な風景だった。そして、雪兎と西村さんが一緒の席でお弁当食べるという一見些細な状況は、やはりあり得ない光景なのだ。だから周囲は動揺して当然。
 あいつの位置おかしくねえ? という一条の声。女子と一緒に飯食ってるぞ、と守丘。
「ちょっと、真白君」
 姫宮さんが笑いつついった。彼女はいつも通り、僕の席の隣にいる。
「ものすごく自然にそこにいるけど、望海ちゃんとどういう関係なの?」
『無言で小指を立ててドヤ顔を決める雪兎であった』
「この間、友達になったんだ」と彼はいう。
 どこか納得がいかないような顔で、それでも数度頷く姫宮さん。
「望海ちゃん、良かったね」
 西村さんは「うん」と返事をしたが、そこには戸惑いが見え隠れしていたことを僕は見逃さなかった。彼はなんとも思っちゃいないが。
 クラスがざわつく声は、時間が経つごとに薄れていった。だが傍を通りがかって、交際しているのかと面白がって訊ねる声は続いた。親同士が知り合いだったんだ、それを最近知って友達になった、と適当な嘘でごまかし続けた。
(こんなふうになって本当によかったのかな……)
 孤立していた方がお互いのためになったのでは。それか、どこか人目のつかない場所で一緒にお弁当を食べた方が良かったのでは。雪兎はそう疑問を抱いた。
『西村さんはそれを望まないから、こうしてるんだろ。充分話し合ったじゃないか』
 月曜から一緒に行動しよう、と西村さんは電話でいってくれた。男子の友達と一緒にスクールライフを過ごすことに憧れていたのだという。でも雪兎と一緒にいると迷惑をかけるかもしれない。一条や守丘、木場が絡んでくるから。
 ──それを脇でただ傍観してることの方が私は辛いよ。
 西村さんは強い口調でそういってくれた。雪兎と更に仲良くなったことで、余計に傍観者ではいられなくなった。だからいっそ一緒にいる方が気が楽だ、と。それならばと僕は考えた。こそこそするより盛大に面白くくっついた方がきっと良い。ただ朝学校に来て緊張しながら二人一緒になるよりも、昼食時に無言で相席になるというギャグでもかませたほうがウケる。西村さんはこれにのってくれた。
 狙い通り、一部の人たちは笑ってくれていた。まるでぼっちのまま食事をしているかのように無言で弁当をつつく。あの二人はマジでなんなんだ、と周りは囁く。お互い弁当を食べ終わると、一緒に頬杖をついて過ごす。一切話さない。あの二人はなぜ一緒にいるんだ、本当に友達なのか、とクラスメイトは混乱していた。
 おい、と守丘の声がした。肩を軽く殴ってくる。西村さんは顔を伏せた。
「お前、なんでここにいるの」
「友達だから。何度もこの台詞いってるんだけど」
 守丘は短く吹き出す。「友達って、なんも喋ってないし、西村さん顔伏せてるし、迷惑かけてるだろ、離れてやれよ」
 また肩を殴ってくる。西村さんが顔を上げ、おそるおそる守丘の方を向いた。
「友達だから、大丈夫です」
 守丘は当惑する。こちらを睨んで、去っていった。
「なんかごめん」
 周囲に聞こえない音量でいった。西村さんは微かに首を振った。
 教室の出入り口に木場の姿が見えた。雪兎は警戒モードに入る。真っ先に僕らの方を見てきた。一条か守丘から携帯で知らされたのだろう。木場は一条たちの方へ行き、何やら喋る。話し声は聞こえるのだが、周りの会話に阻まれて内容はわからなかった。
 しばらくしてチャイムが鳴る。絡まれずに終わる、と安堵していたのだが。ふいに一撃、頭を小突かれた。痛っ、と声をあげた。西村さんが顔を上げる。彼は振り向く。木場が通り過ぎて、教室を出ていった。
「ひどい。大丈夫?」
「うん、慣れてるし、そんなに痛くもない」
 西村さんは悲しげな顔をした。一瞬、手がこちらに伸ばされたが、引っ込めた。触れようとして、周りの目があるから止めたようだった。
 雪兎は視線を前列に向ける。出入り口に一番近い席で丸くなっている大きな背中。橋本君を見つめていた。自分はあの状態から脱したんだ、と優越を覚えた。その代償として目をつけられている。西村さんとはどうくっついたとしても好奇の目にさらされただろう。そう思うことで自分を納得させていた。
 五時限目の後の休み時間も西村さんと共にいた。西村さんは話題を振ってくれていた。来週のテストのこと、部活のこと、弁当のことなど。西村さんは自分で弁当を作っているそうだ。雪兎は当然母に作ってもらうので、自立していない自分が恥ずかしくなった。
「明日、よかったらおかずの交換しよ。真白君のお母さんの手料理、食べてみたいです」
 わかりました、と返す。雪兎は内心、西村さんの手料理を食べられることを喜んだ。
「あの二人の会話やばい、明日はおかず交換しようだって」
 女子が後方で聞き耳を立てていたようだった。絶対友達じゃない、ラブラブだよ、などと黄色い声をあげ続けている。雪兎は顔が熱くなった。西村さんが、辟易するように吐息をつく。雪兎は申し訳ない気持ちになってしまう。
『ウケてるだけだから大丈夫。それに時間が経てば周りが慣れるって。それまでの辛抱だ。それより、雪兎からも何か喋りなよ』
 そう促してやるも、何を話せばいいのかわからない彼。じゃあ姫宮さんのことを訊いて、とネタを提供した。「望海ちゃん、良かったね」という言葉と西村さんの反応が、僕は引っかかっていたんだ。
 雪兎が小声で問う。すると西村さんは教室を見渡すが、姫宮さんは授業が終わってすぐに教室を出ていた。
「一年の頃、付き合いのあったグループの子が二人、今のクラスにいるっていったでしょ。姫宮さんがその一人なの」
 ……なるほど。諸々の事情も呑み込めた。姫宮さんと西村さんでは毛色が違いすぎる。一年の頃はそのグループにもいづらかった、というのは納得だ。もう一人の子も、姫宮さんのグループにいる人だった。
「お弁当一緒に食べようって誘ってくれたのも姫宮さん。私は一人でも大丈夫だからって断っちゃって……それで今、真白君と一緒にいるから、嫌な女って思われてるだろうね」
 微妙な顔色になったのはそのためか。
 雪兎はフォローの言葉を考えていたのだが、ポス、と何かが頭に当たった。それは丸めた紙屑だった。竜也コントロール良いなあ、と褒める声。一条が中指を立て、こっち来い、とでも表現するように指を動かしていた。
(どうしよう、なんか呼ばれてる)
『無視したらいいじゃん』
 しかし彼は、そうしたことによる報復を恐れていた。おい、と呼ぶ声がする。気の弱い雪兎は立ち上がってしまった。気をつけなよ、と僕はいった。



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