彼女が僕の中にいる第八話.僕は彼女にハグをする(avant) |
「今思いきり顔を殴ったよね、暴力とか最低なんだけど」姫宮さんはきつい声音でいう。 「こいつが殴られるようなこといったんだろ」 「はあ? 前から思ってたんだけどさ、あんたらのやりとりにあたしすっごい苛々してたのよね。どうみても虐めじゃん。今ここでさあ、真白君に謝って」 「いや姫宮さん、いいよ、別に」 姫宮さんが舌打ちした。「あんたもさあ、そういう態度だからつけ込まれるんだよ。普通、傷害起こしたら停学だよ。あたし何度先生にいってやろうと思ったか。でも勝手にそういうことするのは真白君に悪いから黙ってたんだよ」 「僕は、とにかく大丈夫だから」雪兎は体勢を戻し、机から下りた。心配そうに見つめる西村さんの顔が視界に入った。 「あんたが大丈夫でもあたしが許せないのよ。暴力とか大っ嫌いだから」 周りの女友達が姫宮さんを宥めるが、彼女は聞いていない。 「真白君に謝って、心の底から。それで金輪際こんなことしないって誓ってよ」 真っ赤な顔を歪ませる木場。今にも暴れだしそうだった。けれど、クソッ、と捨て台詞をいって去っていく。 「あ、ちょっと、謝ってっていってるでしょ」 「もう本当にいいよ、姫宮さん」 「だからさあ、真白君のそういう態度がほんとにダメ。あんたも見てて苛々するわ。それじゃいつまで経っても変わらない──」 ダン、と大きな物音がたった。木場がドアを殴って出ていった。 「うわぁー、あたし今のでカチーンときた。なにあれ、もう許さないんだから」席を立った。「職員室行ってくる」 「それは、止めよう。僕は平気なんだって」 姫宮さんが急に胸倉を掴んできた。「真白君の顔ひっぱたいていい?」 「なんで姫宮さんにはたかれなきゃいけないの、それも暴力のような……」 「真白君は何もわかってない」離してくれた。「あんたが大丈夫でも、こっちはまた別の日に真白君たちのやりとり見て胸糞悪くならなきゃいけないんだよ。あたし、友達が虐められて黙ってることなんてできない」 友達、という言葉は雪兎に対して使ったのだろうか。 「顔をぶん殴ったのは事実なんだから、あのクソ男のことは絶対にいったほうがいい」 自分がからかわれていることをずっとはぐらかし続けるつもりだったのに、ついに雪兎の心は揺れ動いていた。どうしたらいいか、と僕に訊いてくる。さあ、と返してやった。雪兎より背の低い姫宮さんは、少し上目遣いでこちらを見つめてくる。 「もし、あたしを友達だと思うなら、せめてあいつのことだけは先生にいわせて」 雪兎の涙腺がふっと緩んだ。泣くには至らないが、姫宮さんの情の厚さが胸を打っていた。西村さんもそうだが、姫宮さんだって、人を想う心がしっかりとした女性なんだ。そんな姫宮さんを裏切れない。雪兎は諦めるように、そう思った。 |
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