彼女が僕の中にいる

第十話.僕は君を大好きになる(avant)



 雪兎は僕のことを考え続けた。仮に中にいたとしたら、永久に喋らないのかと察して瞳を潤ませていた。
 望海はぎりぎりになって登校してきた。雪兎はその姿こそとらえるものの、望海の顔を見ようとしなかった。
 月曜は三教科のテストだ。望海との勉強の成果もあって問題はよく解けている。ときに解答に詰まり、僕がそれを覚えていることもあったが、決して発言しなかった。
 三時限が終わり、全学年、一斉に下校となる。雪兎はさっさと教室を出ようと歩きだす。
「真白君」
 はっきりとした声が背後で聞こえた。それなのに、雪兎は足を止めず、望海を無視して行ってしまった。
「雪が喋らないなら西村さんを無視し続けるからな」
 彼は独り言を呟いた。でも結局のところ雪兎は「望海と付き合え」という僕の言葉を聞く気もない。僕が存在を示せばそれに拍車がかかるだけだ。
 僕は、望海が好きだ。
 そして、雪兎のことだって、大好きなんだ。
 そんなの当然。僕は雪兎の何もかもを受け入れてしまえるんだ。弱い部分も、醜い姿も、傲慢な心やひたむきに僕を愛してくれるところも。それは僕の姿そのものなのだから。でも、僕では雪兎を幸せにしてやれない。恋人のように心から愛情を注げるようになれる自信もない。
 でも望海はどうだ。あの子は本物の女性で、雪兎に本物の好意を抱いてくれている。僕は望海が好きだから、雪兎も彼女を好きになれる。その方が幸せになれるはずなんだ。僕がいるせいで雪兎はそこに気づけない。だから僕はもう消えてしまったほうがいい。永久に喋らなくてもいいとさえ思っている。僕は雪兎のなかで、望海との甘い恋愛を傍観していたい。恋に幸せになれる望海をみたい。本物の女性を愛せる雪兎の充足を感じたい。

 強情な雪兎は、それからもずっと望海を無視し続けた。彼女は何度も雪兎に話しかけたのだが、それを避け続けていた。



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