おかしい。
 わたしの心の姿は女の子なのに、鏡に映っているのはいつも男の子。
 どうやら、わたしが生まれるとき神様が間違えたみたい。女の子のはずだったのに、肉体を男の子にしちゃったんだ。
 でも気にしないの。だって肉体を変えられないんだもん。せめて堂々とわたしらしくふるまっていればいい。
 でもそれが結構難しい。周りのみんなはわたしが女の子だってこと、わからないから。
 わたしが服屋で可愛いフリフリのついたスカートを手に取ると、お母さんは、
「ケンジは男の子でしょ、こっちの服よ」
 そういって男の服を渡してくる。お母さんでさえ、わたしの心の姿が見えない。仕方なくわたしは男の子の服を着ている。でも本当は可愛い服を着たいの。
 だいたいケンジっていう名前が悪い。男の名前だもん。これが余計、みんなの中のわたしを男にしちゃう。
 本当は女の子同士で遊びたいけれど、仲間に入れてもらえない。女の子同士でお絵描きとかお喋りしたいのに、「女じゃないからダメ」っていわれる。女の子にもわたしの心の姿が見えないんだ。
 だから仕方なく男の子とサッカーしたりバスケットをしたりする。時々戦いごっこもするんだけど、わたしはいつもそれを嫌だなあと思いながらやる。弱くてすぐ負けちゃうんだ。だってわたし、女の子なんだもん。暴力的な戦いなんて興味ないし。
 外見は男の子だから、トイレはすごく困る。
 わたしは自分が女だとわかっているから女子トイレに入ろうとした。すると友達のマモル君が、
「うわぁ、ケンジが女子トイレ入ったー! へーんたーい!」
 といってきた。すかさずわたしは、
「女の子だもん、女子トイレに入って何が悪い?」
 そう返した。するとマモル君は、
「ケンジは男だろ。どう見ても男だ!」
 と、わたしを指差していう。マモル君にもわたしの心の姿は見えない。
 仕方なくわたしは、入りたくもない男子トイレに入る。おかしいよ、女の子なのになんで男子トイレに入らなくちゃいけないわけ?
 誰にもわたしの心の姿は見えないんだ。先生にも見えやしない。だって、わたしは先生に、
「先生、わたしは女の子ですか? 男の子ですか?」
 と聞いてみたら、先生は笑って、
「どうみても可愛らしい男の子よ」
 といった。可愛らしい、は嬉しいけれど、それは女の子としてじゃない。
 そのうち、周りのみんなはわたしがおかしい子だってウワサしはじめた。わたしはなにもおかしくないのに、みんなが勝手にそう決めつける。
「男なのに女みたいなヤツ」「気持ち悪い」「変態菌がうつるから近寄るな」
 いつしかわたしは「オカマ」と呼ばれるようになった。オカマってなに? それは男なのに女のフリをしている人のことでしょ? わたしは違う。わたしは、本物の女の子なんだから。ただ神様が肉体を間違えてしまっただけなんだから。

 いつのまにか友達はいなくなった。でもこれで良いってわたしは思う。堂々と女の子でいられるんだから。
 わたしは、ひとりでお絵描きをした。わたしは自分の姿を一生懸命絵にした。とびきり可愛い女の子を描いて、わたしが着られなかった可愛い服を着せた。髪は長くて目は二重でパッチリしていて、まつげのボリュームがあって、すっきりしたお鼻とキュートな唇。
 完璧。これがわたしの姿。
 ……とはいっても、鏡の前に立てば姿は男。仕方がない。外見は男の子というのが現実だ。

「ケンジは特別教室に行ったほうがいいんじゃねえか?」
 あるとき、前は友達だったマモル君がいった。
 特別教室? それがなにか聞くと、そこは周りとは違う特別な子がいる教室らしい。病気の子や、心に問題がある子とか。別にわたしは特別ってわけじゃない、病気でもない。だからむかついた。わたしは女の子で、肉体は神様が間違えただけだってば。
 とはいえその特別教室は気になり、休み時間に行ってみた。もしかしたらその教室にいる子は、わたしの心の姿が見えるかもしれないし。
 教室に入るとそこは広くて、教室の半分後ろの方だけ絨毯が敷いてあって、テレビも置いてあった。さすが特別教室。もう見るからに特別。
 そこには生徒が一人だけで、先生はいない。生徒は真ん中の席に座っていて、俯いて本を触っていた。
「こんにちわ」
 わたしが声をかけると、男の子は顔を上げてこちらを向いた。けれど男の子の目は、わたしを見ていないみたいだった。
「こんにちわ。誰ですか?」
 そう聞かれて、わたしはちょっと焦る。
「わたし、三年二組……大原」
 名前をいおうか迷い、苗字で答えた。
「オオハラ……さん。女の子だよね?」
 わたしは鋭く息を呑んだ。
「──わたしが女の子だってわかるの?」
 男の子はうんと返事をした。
「声がちょっと男の子っぽい気もするけど、言葉の雰囲気は女の子だもん」
 わたしはとっさに考えた。「この声はね、神様が間違えて男の子っぽい声にしちゃっただけなの。わたしは女の子なのにね」
 男の子はふーんと返事をした。
「神様は意地悪だね。ボクも神様の意地悪で目が全然見えないんだよ」
「見えない!?」わたしは驚いた。「わたしのこと、見えてなかったの?」
「ぼんやりとみえるよ。ハッキリはみえないんだ」
 なるほど、だからわたしのことをちゃんと女の子だと思えるんだ。他のみんなは目が見えるから、わたしのことは女の子に見えないんだ。
「ねえ、オオハラさんはどんな姿をしてるの?」
 そう聞かれて、わたしは笑みを零した。わたしの姿を男の子に教えた。髪が長くて、目は二重でパッチリしていて、まつげのボリュームがあって、すっきりしたお鼻とキュートな唇。「すごく可愛い女の子なんだからね」といっておいた。男の子は、わたしが教えた通りの姿を頭の中で想像してくれた。
 この教室の生徒の、なにが特別なんだろう。男の子にはわたしの心の姿がきちんと見えたんだ。わたしが女の子だってわかってくれた。わたしは女の子なんだからそれが当たり前。わたしを男だと思うみんなが間違っているんだから、みんなが特別なんだよ。

 ようやく一人の男の子にわたしが女の子だってわかってもらえた。けれど、鏡を見てしまうとそこに映っているのはやはり男。この姿をみれば……誰だってわたしを男だって思うよね。
 でも、本当は女の子なの。ただ神様が間違えちゃっただけ。肉体は男で生まれちゃっただけ。
 わかる子には……わたしの心の姿がちゃんと見えるんだから。
 だから、わたしはこれからも、せめて堂々とわたしらしくふるまっていよう。



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