1.働いてない ぼくと ぼくらが付き合うようになったきっかけは、二十五歳の区切りで開かれた、中学の同窓会だった。 仕事を辞めて二年。立派な引きこもりになっていたぼくは、同窓会になんて出る気がなかった。場所は焼き肉屋だからお金を使いたくなかったし、仕事してない人間が顔を出せば恥をかくだけ。でも、親友のチュンが「絶対来い」とうるさかった。 そのチュンが、酔った勢いで藍里に言った。 「 ぼくは顔を真っ赤にして、チュンにつかみかかった。 「いきなり変なこと言うなよ!」 へらへら笑うチュン。「しかも一目惚れだから、ずっと好きな気持ちが消えないんだってよ」 チュンの頭をパンパン叩きまくった。チュンの家で酒盛りをしたときボロボロと口を滑らせたことを後悔した。 「それ、ほんと?」向かいに座る藍里が不安げな顔で言った。 「ほんとだよぉ」ぼくに叩かれながら言う。 「小学生の頃から……?」 「詳しくは知らないなぁ。俺はお前らと小学校違ったし、藍里に一目惚れしてたってことしか聞いたことない。一帆って自分のこと全然話さねぇもん。あ、お前らの苗字が同じってことと一目惚れしたことは、関係ないらしいぞ」 藍里の視線がこっちに向く。ぼくはサッと視線を外して硬直した。 いまでもぼくは、藍里に一目惚れしたときの衝撃をひきずっていた。彼女に見られるだけで、緊張して、なにも考えられなくなって、逃げだすしかなかった小学生の頃に引き戻されるようだった。 「なに恥ずかしがってんだよ」チュンがあざ笑う。「お前いくつになったと思ってんの」 いますぐ店から出たい。 「あっちゃんがね、ずっと言ってたの……一帆は私に惚れてるって」 「え、なになにぃー、あたしを呼んだー?」 藍里と仲のいい 「なんか面白そうな展開になってんじゃぁん。どうなのよぉ一帆、言わないとこの状況終わらないわよ」 身動きが取れなかった。「いーえ、いーえ」と一人で手を叩くチュン。泣きたくなってきた。 コップに半分残るチューハイをグッと飲み干す。テーブルに叩きつけると、 「ああ、そうだよ! ぼくは、小学四年生の頃、藍里に一目惚れしたんだ。それからずっと、ずぅぅぅぅぅぅっと、好きだった!」 ぶちまけてやった。 しんと静まり返る。みんなが見ていた。 「うっ、うううううう……」 藍里が唸っている。ぼくが気持ち悪いことを言ったので、嘔気がこみあげたのだろうか。 「うれしい!」 おぉ! とチュン。えっ、とぼく。 「あっちゃんの言ってたこと、本当に、本当だったんだ!」 「でしょーに。あたしの勘は鋭いんだから。一帆ってば、いつも藍里を目の前にするとドギマギしてさ、逃げてくじゃん。ありゃどうみても好き好きで傍にいられないって態度よ。なのに藍里、すごく嫌われてるのかもしれないって、不安になってたのよ」 「あっちゃんの言う通りだとは思ってたけど、でも、もしかしたらって、一応そう考えてたの」 藍里がお酒をぐいと飲み、ぼくを見る。ぼくはすぐ目をそらす。藍里がくすりと笑った。 「で、藍里、どうなんだよ。一帆と付き合う気はあるか?」 「バカ、なに言いだすんだよ!」 チュンの胸倉をつかんで揺さぶった。 「一帆、まだ、私を好きなんだよね?」 「あ、いや、まあ……えっと、あれだよ、憧れみたいな気持ち。あはは。君は、付き合ってる人がいるでしょ? 幸せになってほしいな」 「いないけど?」 「えっ、あっ、そ、そうなんだ。意外だなあ」 「私と、付き合いたいって、思う?」 「そ、そりゃ、付き合えたらめちゃくちゃラッキーだけど、そんな大それたこと、無理だよ」 「私は大丈夫だけど?」 「え……」 呼吸が荒くなっていた。 少し集中が切れれば、卒倒しそうだった。 「ぼ、……えっと、じゃ、じゃあ、ぼ、ぼくと付き合ってよぉ、なんちゃって」 「はい」 はい、は幻聴だと思った。 信じられなかった。ぼくの世界が大きく変わろうとしていることが。 「ぼくと、カップルに、なってくれるの?」 「なるよ」 「……ぼく、夢をみてるのかな」 藍里が可愛らしく笑う。ぼくの傍に来て、ぼくの手を、ぎゅっと握った。 「夢じゃないよ」 世界が変わった。 「うおおおおお! うおおおおおお! うおおおおおお!」 ぼくは何度も叫んでいた。藍里はおかしそうに笑っている。みんなも叫んで、ぼくを祝福してくれた。 その後、お店の人に騒がしいと言われ、ぼくだけが責任を負わされ、追いだされた。 とぼとぼと駐輪場に向かう。 「一帆!」 藍里の声。ぼくを追ってきてくれた。 「そのまま帰っちゃったら、私と連絡とれないよ」 スマホを振る藍里。そういえば彼女の連絡先なんて知らなかった。 「あ、ありがとう、ございます」 「今日から、もう彼氏と彼女だから。ね」 ぼくの目が泳ぎ、顔を見れなくて、うつむく。 「ふふ、おもしろい」 反応を面白がられていた。ちょっとうれしかった。 連絡先の交換を終えると、 「じゃあね」 と、藍里はあっさり去っていった。 正直、からかわれているのだと思った。ぼくには卒業アルバムの藍里を眺めることしかできない、と自分に言い聞かせていたから。つい最近だって、ぼくはアルバムの彼女を見つめていた。絶対に手の届かない女性のはずだった。だから、まだ信じられなかった。 迷惑をかけたくなくて、自分から連絡はしないつもりだったが、翌日藍里からデートに誘われた。 自分にできる限界のオシャレをして、藍里と水族館へ行った。働いていないぼくだけど、料金は全部出した。それくらい男なら当然だと考えていたから。 一目惚れをした藍里とのデート。夢のようなひとときだった。 一緒に過ごしていると、どうやら本当に藍里はぼくと付き合う気らしいとわかった。積極的に手を繋いでくれるし、心から楽しそうにしていたし、「本当にぼくが君の彼氏で大丈夫?」と聞けば、藍里は笑って「本当に一帆が私の彼氏だよ」と返してくれた。 それなら、絶対に打ち明けなければいけないことがある。 イルカパフォーマンスが終わり、周りが立ち去っていく中、ぼくはベンチに座りつづけていた。藍里に「いかないの?」と聞かれても、黙って動かなかった。 「……話さなきゃいけないことがあるんだ」 「なに?」 怖い。話せば、嫌われるかもしれない。叱られて、無理な要求をされるかもしれない。 言いたくない。でも、付き合う以上、ちゃんと伝えないと悪いと思った。 覚悟を決めて、口を開く。 「ぼく、働いてないんだ」 「え、うそ」 「仕事辞めて二年になる……ぶっちゃけ、引きこもりみたいな感じになっちゃってたり」 ははは、とごまかしのように笑った。藍里は真顔だ。 「あ、ドン引きしたでしょ? いいんだよ、付き合うのは取り消しってなるなら……いまなら、ぼくの傷は浅く済む。大丈夫」 藍里がぼくの手を、両手で握った。 「私も」 「え」 「しかも私の方が一帆より先輩」 「どういう意味……」 「就職に失敗しちゃって……それからずっと引きこもり。私、一度も働いてすらいないの、あははっ」 あはははっ、と笑いつづける藍里。苦笑いするぼく。 こうして、二人とも無職だということがわかった。 以来、ぼくらの仲は急接近して、あっという間にカップルがやることをすべて済ませた。 お金を使いたくなくて、デートはだいたい散歩。たまに藍里が親からお金をもらい、ぼくを食事やレジャー施設に連れていってくれた。 そんなこんなでぼくらの交際は二年が過ぎた。 ぼくらはずっと働いていなかった。 でも、日々がのんびりすぎて、毎日一緒にいられて、幸せだった。 |
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