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 さて、今回の僕はなんとも不細工な腹話術の人形に宿ってしまった。
 背丈は三十センチほどで、古臭い青のオーバーオールを着ている。馬鹿みたいに両頬が真っ赤で、手動により目と口を動かせる。性別は男のようだ。僕の存在する場所は日本なのに、髪色はなぜか金髪。子供を象った人形らしい。
 この世には何千万、何億という、数え切れない人形やぬいぐるみが在る。おかっぱ頭で薄気味悪い笑みを浮かべる市松人形、モデル体系で全員同じ名前の美少女人形、芸者風の人形、メイドの服を着たフィギュア、熊のぬいぐるみ、アニメキャラのフィギュアやぬいぐるみなどなど。その中には幸か不幸か、なんらかの作用で心を宿してしまう者がいる。新しい心として出現した者もいれば、前世がちょんまげの博多人形からパンチラと巨乳を兼ね備えた萌え系フィギュアに成り代わったやつもいる。僕の前世は三味線を持った綺麗な芸者の人形だった。手は動かないので三味線は弾けなかった。ガラスのケースに入れられて、物置の片隅で埃を被っていた。最終的には物置のスペースを確保したい持ち主が僕を供養するため神社に持っていって、宮司が適当な読経を上げた後、僕は見事に炎上した。それは別に苦痛ではなかった。温度というものは一切感じられないのだから。所詮僕らは体温を発さず生理作用を(いとな)まない無機的な人形に過ぎない。燃えていく間は、次はどんな物体に自分が宿るのかと考えていた。
 勝手な決め付けとなるが、心を持つ人形やぬいぐるみというのは、僕は不幸だと思う。それは大切にされるされないというのは関係なしに、心を持った時点ですでに不幸ということ。人間が情の湧くようなモノとして造形した物体の中で、未来永劫(みらいえいごう)を囚われの心として過ごす。稀に、奇跡的に動くことの出来るやつも居るが、悲しいことにそういったやつほど呪いの人形などと勝手な解釈で()み嫌われて、仲間たちが無数に集まる神社へと「供養」という言い訳によって厄介払いされる。僕はそういうやつを同情する。
 そもそもどうして、人形やぬいぐるみが心を宿すようになったのか。それは僕にもわからない。だって人間もそうだろう。どうしてそこに居るのか、なんてわからないはず。多分理由なんて無い。この世界が奇跡的な偶然で出現したことと同じ。僕の心も、途方もない奇跡の産物なのだろう。
 僕は腹話術の人形だが、なぜかいつもベッドに居た。僕の持ち主は腹話術師ではなく小さな女の子で、僕が喋らされる役なのにも拘わらず、常に彼女が僕に喋りかけていた。
「ねえタクヤ、どうして家のお父さんとお母さんは、いつも喧嘩ばかりするんだろう……」
 僕はタクヤという名前になっているらしい。どうみても日本人の子供を象ったものではないが、それを僕が理解していてもどうしようもなかった。
 遠くの方では男女の罵声が聞こえる。この家は壁が薄いせいか、会話が筒抜けだった。この家の人間は不仲で、生気溢れる力強い罵り合いがよく飛び交っている。最終的には力でねじ伏せるDV夫と、一生懸命些細な抵抗を示す妻。それと僕の持ち主である女の子の三人家族。昔は女の子の四つ年上の兄も住んでいた。その兄は女の子と同じ腹から生まれた子だが、父親が違う。この家の妻は離婚経験があり、義理の兄は最初に結婚した旦那との子供だった。妻は自分で育てると言って元旦那からかなり強引に親権を勝ち取ったのだが、後に現旦那と結婚して同居を始めると、夫との血の繋がりがない息子は邪魔な存在となってしまった。最初のうちは現旦那も兄に優しかったのだが、そもそも自分の子ではないので、女の子が生まれると(うと)ましくなり、堂々と暴力的な態度で接していた。状況を知った前旦那が親権を奪い返し、兄はこの家を去っていった。
 実を言うと、僕は元々兄の所持品だった。偽善的に優しい態度を取っていたころの現旦那が誕生日プレゼントに買い与えたのが僕だった。けれど僕は兄に大切にはされず、かなり暴力的に扱われていたなあということを今でもぼんやり覚えている。現旦那に痛めつけられた結果、兄のぶつけられぬ憤りが僕に向いたのだろう。別に僕は体温も痛みも感じない無機物の人形なのだから、そんなことはどうでもよかった。腕を持って兄に振り回されているときも、逆に、超高速で世界がぐるぐると回っていることが楽しかった。思いきり壁に投げつけられても、一瞬だけ空間を舞えることが嬉しかった。壁に激突したってなんの痛みもない。僕の身体が傷つくことよりも、兄の憎しみがちょっとは晴れたかなあ、ということをいつも気にかけていた。
 女の子は僕が暴力的に扱われていることを知って、兄から僕を必死に奪い取ろうとしていた。兄は一応、お母さんと実の父親から愛情を受けていたので、その甲斐もあってか女の子に暴力を振るうことはなかった。女の子に持っていかれた僕は夜になるとこっそり兄が持ち出して、現旦那にされた暴力の数だけボコボコに殴りつけられていた。その度に僕はダンスを踊っているような気分になるので愉快だった。
 後に兄は実父(じっぷ)に引き取られ、女の子が僕を欲しがったので、兄は僕をあげた。そうして持ち主が女の子に変わったのだった。
 現旦那はもしかしたら血の繋がっていない兄でストレスを解消していたのかもしれない。兄が居なくなってからは酒に溺れるようになった。すると酒乱になり、結果的によく暴れた。現旦那は兄という人間サンドバッグにストレスをぶつけてバランスを保っていた。それを失ったことで均衡は崩れ、旦那が会社で受けるストレスの()け口は妻と女の子にも向いた。毎日暴れ狂っているわけではない。機嫌のいいときは別人かと思うほど家族に優しかった。機嫌が悪いときは、まるで力を兼ね備えた子供のように家族に当り散らしていた。旦那の育った家庭環境のことなんてよく知らないが、生きてきた環境の中で人間としての器を拡げられなかったのだと思う。
 というわけで、この家は喧嘩が絶えない家庭となったのだった。事細かい状況や心理、どうしてそうなってしまったのかという背景を推し量れない幼い女の子は、ただ仲が悪い家族、という見方しかできなかった。女の子が納得するまで僕が何もかもを説明してあげたいのだけど、残念ながら僕の口は手動でしか動かないし、そもそも僕の思考を語ることはできないのでどうしようもなかった。女の子は、どうして、どうして、と毎日のように僕に愚痴などを零した。話しかけられるのはいいのだけど、毎日同じ話をされてもつまらない。できれば義理兄のように僕を振り回して壁に投げ飛ばし、時にはボコボコに殴りつけてダンスを踊らせてほしかったのだが、心優しい女の子はそういうことをしてくれなかった。ただ僕を抱きしめて、頭を撫で、喋りかけ、夜になると添い寝をするだけだった。腹話術の人形として一切機能もしない。
 これから先、こんな果てしなく退屈で怠惰な日々を送るのかと思うとゾッとしてしまう。ゾッとしたところで僕は心以外に表現を持てぬ無機的な人形なので、どうしようもなかった。


  2


 女の子が学校で虐められるようになった。小学四年生のことだった。
 女の子は感情を制御できぬ起伏の激しい子となっていた。安定した両親の愛情を受けてこられなかったから仕方がない。代わりに僕が安定した愛情で女の子に接してあげたいと常日頃思っていたのだが、心を外部に吐き出せず動きで表現できない僕にはどうしようもなかった。
 女の子は周りの子と反りが合わないらしい。いつしか避けられるようになって、孤立してしまったのだという。客観的な見方でいえば女の子の容貌(ようぼう)は十人並みなので、外見は虐められている原因ではない。だが女の子は男の子からも攻撃的な虐めを受けるらしく、ブスとかキモイなどと言われることが多々あるのだという。義理兄がそうだったように、あの時期の男の子はやたらとどこかに敵を作りたがる。周りの女子たちが虐めるので女の子は格好の的になっただけ。
 虐められる根本というのは、虐めを受ける当人の心の在り方が周りに理解されないだけだ。仮に容姿が悪くても、それは心の在り方でいくらでもカバーできるが、生きてきた過程の中で心の在り方を身につけられずに周りとどう接したらいいのかわからず、当人は反発して生意気な態度を取ったり黙り込んだりする。結果として敵視されやすくなり、虐められてしまう。
 問題は、当人だけでもなく相手側を含む双方の心の在り方であって、女の子もそれを理解していたのだが、醜女(しこめ)扱いをされ続けた結果、女の子の自画は醜く歪んでしまい、いつしか自分が不細工なせいで虐められるんだと思うようになっていった。個人的な見解で言わせてもらえば、僕は女の子を可愛いと思う。思っても口に出せないのでどうしようもないけれど。クラスに僕みたいな理解者が傍に居れば女の子の状況を変えられるのだが、残念ながらそんな子はいないようだ。僕が生徒となって常に女の子の傍に居てあげたいとも思うけれど、思ったところでやはり僕は物言えぬただの人形に過ぎないので、どうしようもなかった。いくら女の子がひっそりと泣いて僕に擦り寄り、抱きしめて撫でたとしても、愛情を返してあげられない。いくら打ち明けられても言葉を返せない。ただ僕はそこに居続けるだけ。僕に出来ることといえばなんとなく頭上の存在に女の子を幸せにしてくださいと祈ることぐらいなのだが、そういうものの大概はまず叶うことがないものだ。もし願いというものが叶う仕組みがあったとしたら、世界は呪いの人形や呪いのぬいぐるみだらけになると思うし、人々から恨まれて敵視されている人間がいつまでも生存していられるはずもない。誰もが豊かに過ごせるようになっているだろうし、児童虐待が年々右肩上がりにはならない。つまり、心に願うだけでは物事はほぼ叶わない、ということだと思う。それを知れても僕には公言や実行ができないのだから、ものの見事にどうしようもなかった。女の子は誰にも甘えられず、淋しさを募らせる一方だった。



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