ぼくのパパは、変わってる。
 ぼくのパパは、ニートだ。
 でもぼくは、そんなパパが好き。


  1


 今日はとても暑い。風もないし、遠くの地面には蜃気楼が見える。それなのにぼくは急いで家に向かっていた。理由は、早く“殺戮ゲーム”をやりたいから。人を轢くところや、銃で撃って頭が飛び散るシーンなどを走りながら想像していた。すれ違う車はYボタンを押せば乗れそうな気がしていた。
 ランドセルの中がゴトゴト、ガシャガシャ、と音をたてているのも構わなかった。とにかく一秒でも早く帰ってクーラーか扇風機つけてアイスを食べながら人を殺したい。

 玄関を開け、お父さんただいま、と口にしかけたけれど、言えなかった。
「なにこれ……」
 外はまだ夕方になる前なのに、家の中は薄暗い。
 バタン、ガシャン!
 突然、閉まりきってなかった玄関の扉が閉まった。
「え、ナニ?」
 すぐに開けようとしたけれど、鍵をかけていないはずなのに掛かっていた。とにかくつまみを回して鍵を開け、ノブを回してドアを押す。でも扉はピクリとも動かない。恐ろしくなってお父さんを呼んだ。声が勝手に震えた。
「ウゥ、アァ〜、マぁキぃ……」
 リビングの方から聞こえた。もしかしたら、強盗が家に入って、お父さんに何かしたのかもしれない。そう思うとぼくは靴を脱ぎ捨てて駆け出した。リビングの扉は少し開いている。勢いよく押し出した。
 キャハハハハハハ!
「わあああああ!」
 甲高い笑い声といきなり目の前に現れたモノに、ぼくは驚きのあまり仰け反って、尻餅をついた。
「人形? ……ぬいぐるみ?」
 クレーンゲームでお父さんが取ったワケのわからない人型のぬいぐるみ。ぷらんぷらんと揺れながら首吊り状態になっていた。笑い声は、家にあった笑い袋の声と同じだと気づいた。中に笑い袋が仕込まれてるようだ。
「お父さん、どこにいるの!」
 怯まず(ひるんでたけれど)家に響くほどの声量で叫んだ。
 ガタガタガタ──
 突如物音が聞こえてビクンと身体がすくんだ。お風呂場の扉の音だ。ぼくは家の中の物音をほとんど聞き分けられる。
「お、お風呂場にいる、んでしょ?」
 必死で強がりたかったけれど、どうしても声が震えた。とにかく家の中を明るくしたくなって、パチンと電気のスイッチを入れる。
「アレ?」
 点かない。ぼくは即行で動き出し、閉まっているカーテンをシャッと開けた。

 もうオマエはこの館からデれなイ

 ヒッ、と息を呑んだ。窓に新聞紙が張り巡らされていて、血のように滴っている赤い文字でそう書いてあった。ぼくは泣いてしまそうになっていた。いや、ホント言えばもう、ちょっと涙が溢れてる。
「お父さん!」
 涙を堪えて大きな声で叫んだ。とにかく、早くお父さんを見つけ出してこの状況を終わらせなきゃいけない。
 勇気をだして、ものすごく警戒しながらお風呂場へ移動した。扉が閉まっていて、「お父さん……」と恐る恐る呼びかけながらゆっくり開いていく。浴槽が視界に入ると、悲鳴をあげそうになった。真っ赤な水が目一杯溜まっている。何かあるだろうと予想はできていたから、恐怖は最小限に抑えこめた。……そういえば昨日、お母さんに「お風呂の湯を捨てないで」って言ってたっけ。
 ドンドンドンドン!
 ビクン、とまた勝手に身体が震えた。階段を駆け上がる音だ。どこかの扉が開き、強く閉められた。
「お父さん、いるんでしょ!」
 声をあげてぼくもドンドンと音をたてながら廊下を駆け、階段を上っていった。二階も真っ暗で、窓には新聞紙が貼り付けてある。
 ふと、微かな音をとらえた。ものすごくやばい感じがするBGM。幽霊の呻き声みたいなのが聴こえる。ぼくは記憶を探った。思い出した。たしか、前にお父さんがやっていた年齢制限のあるホラーゲームのやつだ。
「この音はあの怖いゲームのBGMだね!」
 家中にぼくの声が響いた。階段の右側、お父さんとお母さんの寝室の扉に目をやると、隙間が開いていた。お父さんはバカだ。ぼくが二度同じ手に引っかかると思っている。
「ははっ、こんなの子供騙しだよ。開けたらまたなんか起こるんでしょ? 同じ手にひっかかると思ったぁ?」
 勝った。お父さんの仕掛けは破れた。

「わっ!」

「うわぁ!」
 振り返りざまに驚いて、よろけて、後ろの扉にぶつかり、開く。
 イヒヒハハハハハハ!
「うわああああ!」
 どすん、と尻餅をついた。
 ヒヒヒハハハハハ!
 頭上で笑い袋が仕込まれたぬいぐるみが、首を吊ってぶら下がっていた。

「クックックック──」

 目の前には、両手でお腹を押さえて笑ってる人がいる。
「お父さん!」
 ぼくが怒って声をあげても、お父さんはくっくと笑い続けた。
「すごい怖かったよ!」
 時々お父さんはぼくを驚かしてくるけど、今回のはスケールが違った。
「いやぁ──ハハッ、あー、悪いな。でも最後のは良かったよ──」
 そう言ってまたくっくと笑う。立ち上がろうと腰を持ち上げると、足が震えてよろけ、床にお尻をついた。大丈夫か、とお父さんはサッと手を伸ばしてくる。ぼくはプイっとそっぽ向いてやった。
「がーん」
 お父さんはショックを受けると必ず「がーん」と口にする。
「ごめんマキ、今回は度が過ぎた」
「過ぎすぎだよ!」
 お父さんは肩をすくめた。じっと睨むように見つめてやる。お父さんは申し訳なさそうに視線を外した。ぼくは、お父さんとは反対方向に顔を向けた。
 お父さんがその場にしゃがみこむ。横目にそれが見えた。そっぽを向くぼくの顔を覗き込もうとしてきて、顔を合わせたくなかったからぼくは逆を向いた。それを追うようにお父さんはぼくを覗いてくる。更に逆を向いてみせる。
「マキ」
 真剣そうな呼びかけに、チラッとお父さんを見た。
「ぷっ──」
 視界に飛び込んできたのは、顔の原型を全く留めてないお父さん。口を曲げ、鼻の穴は拡がり、目は完全にイっちゃってた。
「笑わせないでよ!」
 屈辱だったから、笑うのをなんとか抑え込んで睨み気味に声をあげた。すると、お父さんは微笑んだ。
「すごいじゃないか」
「……なにが?」
「お父さんの全力&渾身の作をもってしても、お前を泣かせられなかった。おれの負けだ。見ろ」お父さんはTシャツのシミの部分を引っ張って隙間明かりに照らす。「マキを泣かせるために頑張って、お父さんはもうこんなに汗だくだ」
 夏の暑さも手伝って、余計にお父さんの服は汗まみれだった。
「おれは一年前に行った遊園地のお化け屋敷を超えたと思ったんだがな」
「お化け屋敷の方が怖いよ」
 お父さんは「がーん」と言わなかった。
「ものすごい敗北感だ」残念そうに言ってお父さんは立ち上がる。
「だから、お化け屋敷より怖くなかったもん」
「そうなのか?」
「うん」
「よし、ならまた今度──」
 ぼくは気づいて焦った。「ホントは泣きそうだったよ、すっごい怖かった! 死ぬかと思った!」
 お父さんはふふっと笑った。「もうやらないよ。どんなに頑張ったところで、おれにはマキを泣かせられる代物を作れないからな」
 そう言われると、ちょっとだけ誇らしい気分になれた。
「さて、片付けるぞ」
「え、ぼくも?」
「マキも」
「えー! お父さんが全部一人でやったんじゃんかぁ」
「冷たいこと言うなよ、新聞紙ビリビリ破くのきっと楽しいぞ」
 お父さんはすぐ傍の、窓の新聞紙をビリビリと剥がす。陽光が暗がりの廊下に飛び込んで、眩しくなった。
「クーラーつけてくれるんならやる」
「何言ってんだよ、父さんお手製お化け屋敷によって涼しくなっただろ? 又は暑さを忘れていただろう?」
 確かに暑いのを忘れてはいた。大して涼しくもなってないけど。
「ビリビリ破ったあと扇風機に当たればきっとものすんごく涼しいって」
 そう言って、ビリリ、と勢いよく破る。お父さんは次々に新聞紙を裂いていった。「どりゃあ!」とか「うおりゃあ!」とか、子供みたいに大げさな声を出しながら。
「面白い?」
「ああ、スキッとするよ」
 そう言うとお父さんはまた「うおりゃあああ!」と大げさに破く。そのまま寝室に入っていった。寝室の中でも「きええええい!」とか「おんどりゃああああ!」とか、無茶苦茶な声をあげながら新聞紙を破いていた。全く、何が楽しいのか。ぼくは、お父さんのような子供じゃないから、そんなことはしない。
 お父さんの激しく叫ぶ声と新聞紙が破れていく音を耳にしながら、階段を下りていく。
 リビングに入って、窓へ駆け寄る。
「うおりゃあああああ!」
 声をあげて新聞紙を破いていった。

「全部破いたよ!」
 リビングも和室のも全部破いたので、大きな声で報告した。
「おう、ありがとう! 冷蔵──じゃなくて冷凍庫にアイスあるから!」
 家のどこかから返事が聞こえた。そのどこかに向かって、「ゲームやっていい?」と投げかける。
「勝手にやればいいだろ、あっ、後はお父さん片付けるから、やってていいぞ!」
 そういうつもりで言ったわけじゃないけれど、「勝手に」がその返答みたいだったから、アイスを用意して扇風機をつけて、ゲームを起動した。
 もちろんやるのは、街にゾンビが徘徊するあの殺戮ゲーム、『ハザードタウン』だ。かなり無茶なゲームで、普通の人間側になれたり、知能の高いゾンビ側にもなれたりして、すごく笑えるし楽しいんだ。
 ちなみにそのゲーム、実は十八歳未満はやってはいけない。そのはずなんだけど、お父さんはぼくが「やりたい」と言ったら「お父さんもやってみたいから買うかな」などと言って買ってくれた。
 ゲームのロードが終わるころにはアイスを食べきったので、棒とゴミを置いておくとお父さんに小言を言われるだろうから、さっさと捨てた。定位置に戻ると、ようやくゲームの世界に入った。
 しばらくしてお父さんがリビングにやってくる。扇風機の前にきて「あー」と声を出していた。ぼくは攻略につまずくポイントにあたる。なかなかクリアできず、お父さんが「ちょっとやらせて」と言ったので交代した。
「ねえお父さん」
 コントローラーを握って画面に見入るお父さんに声をかけた。「なに?」と、視線を外さずに返事がされる。
「変なこと訊いていい?」
「じゃあなおさら訊いていいよ」
「このゲーム、ぼくはやっちゃいけないんじゃないの?」
「CEROレーティングはただの目安だから、法律的にはやっても問題ないけどな」
 よくわかんないけど「ふーん」と言った。「最近仲良くなった、ユウト君っていう人にこのゲームのこと話したらね、すっごいうらやましがってた。ユウト君は、お母さんから『暴力的なゲームはやっちゃいけない』って言われてて、すごく驚いてたんだよ、ぼくがこのゲームやってること。小学校三年には早いって言われてて、格闘ゲームもやらせてもらえなくて、やれるのは頭使うやつとか、人間の出てこないアクションゲームだけなんだってさ。ゲームを買う前にはお母さんの許可をもらわないと買えないって言ってた。あと、ゲームは一日三時間だけだって言われてるみたい。なんでお父さんはやらせてくれるの?」
 ニートだから? と付け加えようとしたが、それはやめた。お父さんはスタートボタンを押してゲームを止める。コントローラーを置いて、身体ごとこっちを向いた。
「マキは、ニュースでよくやってるみたいに、ゲームの影響を受けて実際に誰か、人を殺したくなるのか?」
「ううん、ないよ──」ぼくは馬鹿にするように笑った。「ゲームはゲームだもん」
 お父さんはふふっと笑う。
「なに?」
「いや、なんにも。お前の言ったその言葉が答えだよ。マキがどんな子供か──お父さんは働いてないから、いっつもお前と一緒だ。だからよくわかってる。おれもそうだけど、お母さんもマキのことすごく大事だから、マキが何をしたとしても責任が持てる」
 何をしたとしても、という言葉に引っかかった。
「じゃあもし、ぼくが誰か殺しちゃっても責任がもてるの?」
「それは……その相手はお前にとって相当憎い相手だったんだろうと思うよ。殺してしまいたいほどにな」
 言葉無くぼくはうなずく。
「その、ユウト君のお母さんは、きっとニュースとかみて必要以上に恐れてるんじゃないかな。お父さんの推測だけど、ユウト君、学校ではちょっと暴力的な面──誰かをぶったり、すぐカッとなったりすることがあるんじゃないか?」
 ……その通りだった。
 実際ぼく自身も叩かれたことがある。それはぼくがユウト君に対してなにかをしてしまったとき、サッカーやバスケットでボール奪うとき強くぶつかってしまったときなんかに、必ず倍ぐらいに痛みをお返しされていた。
「お父さんの言うとおり。なんでわかったの?」
「お父さんだからな」
 お父さんは、なんでもわかってしまう。いつもそうだった。
「男の子には男の子たちにしかない世界があって、女の子には女の子たちにしかない世界がある。ユウト君のお母さんは、きっと暴力から遠ざけて子供を守りたいんだろうけど、男の子って暴力が標準装備されてるから──」
 意味がわからないから言葉をだいぶ聞き流していた。
「それを無視してると、行き場のない暴力が溢れちゃうんだよ」
 お父さんは両手を広げて「ぶわーっ」と言った。その両手がぼくの頭の前にきて、ガシリ、と掴まれた。それから、頭をわしゃわしゃっと触られる。
「なんにでも、理由があるんだ。人がひどいことしたり、言ったりするのは、ちゃんとした理由がある。ユウト君はそうならざるを得ないんだろうね」
 ……ぼくのお父さんがお父さんじゃなかったら、ぼくもユウト君みたいに暴力をふるうのかな。好きなゲームもできないし、それを想像したらなんだか嫌になってきた。
「お父さん」
「なぁに?」
「ぼくのお父さんが、お父さんで良かった」
 そう言ってみせると、お父さんは目を見開いて驚いていた。表情は微笑みに変わり、何回かうなずく。それで、両手を伸ばしてきた。
「ほら、おいで」
「……ハグするの?」
「ああ。アメリカンだろ?」
 アメリカじゃ当たり前なんだぞ、とかお父さんはよく言うけれど、やっぱり恥ずかしい。
 でも、距離も近かったし、お父さんが優しそうな笑顔を浮かべていたので、拒まず寄っていった。それで、お父さんはぎゅっとぼくを抱きしめて、また頭を触ってくれるんだ。
 恥ずかしいけど、嫌な気はしない。
 ……暑苦しかったけど。



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colorless Catトップ


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