誰もいない公園に、少年がやってきた。
 少年は真っ先にジャングルジムまで走っていき、天辺に登った。手を離してゆっくり立ち上がり、まるで公園の王様にでもなったかのように両手を腰に当て、ふんぞり返った。
「誰もいない公園はボク専用の公園だ」
 少年は、誰もいない公園に来ると決まってこうしていた。そして公園に誰かがやってくると、「自分専用の公園じゃなくなった」と思って帰っていた。
 ジャングルジムから下りた少年はブランコの前で立ち止まった。
「今日はどっちに乗ってやろうかなあ。二つともボクのブランコだけど、乗れるのは一つだけだし……よしっ」
 右のブランコに座り、キィコキィコ、と音をたてる。風を切るぐらい勢いがつくと、少年はジャンプ! 綺麗に着地。ブランコは飽きたのか、砂場へ駆けていった。砂場に設置されたおもちゃのブルドーザーで穴をたくさん掘ると、今度は鉄棒に向かった。
 キィ、キィ――
 ずいぶん前に乗ったブランコが、まだ動いている。少年の足はピタッと止まり、まるで誰かが乗っているかのように、ブランコは揺れている。不思議に思った少年は、鉄棒を通り過ぎてブランコの前に立った。
 キィ、キィ……
 ブランコが止まった。少年は首をかしげると、鉄棒に戻っていく。
 キィ、キィ――
 急に音がして少年はビックリ。おそるおそる、振り返った。
 キィ……
 少年が振り返ったタイミングで、ピッタリ止まった。
「お前、さっき動いてただろ」
 ブランコに話しかけるも、なにも答えてくれない。
「また後ろを向いたら動き出すのか?」
 キィ。返事をするように動いた。
「そうか。なら後ろを向いてみる」
 少年はブランコに背中を向けた。
 ……いや、ちょっと待てよ。
 気づいた少年はサッと振り向くと、ちょうどブランコが動き出していて、
 キ……
 と、中途半端な位置で止まった。
「おい、ブランコが完全に止まるのはそこじゃない、もうちょい下だ」
 少年がそう言うと、ブランコは丁寧にスーッと下がり、本来止まる位置で止まった。
「うん、そこだ。けど……お前、今、動いたよな?」
 怖がって尋ねると、ブランコは、
 キィキィ
 と、まるで「動いてないよ」とでも言うように動いた。
「そうか、動いてないか。悪かった」
 少年はブランコに背中を向け、鉄棒へ歩きだした。
 ……いや、待て。明らかにブランコは動いていた。誰も乗ってないのに……勝手に動いた!
「さあみしぃよお……」
 突然声が聞こえ、少年は飛び上がるように走りだし、トイレに逃げ込んだ。
 今、確かに声が聞こえた。公園に住むお化けだろうか? そう考えると余計怖くなって、震えた。思わずトイレに入ってしまったけれど、早く逃げないといけない。二度と公園に近づかないでおこう。少年はそう決め、トイレの出入り口からそっと様子を窺った。
「一緒にあそぼおおおおおお〜」
「うわああああああ!」
 いきなり声が聞こえ、心臓が口から飛び出すんじゃないかというほどに少年は驚いた。ぐるりと周りを見ても、誰もいない。
「お、おおお、お化けがいるのか?」
「違うよ、お化けじゃなくて、幽霊だよおおおおおお〜」
 どっちも同じだ、と少年は思った。
「ねええ、一緒にあそんでよおおおおおお〜」
「ゆ、幽霊なんかと、遊べるわけない。姿は見えないし、怖いし、どうやって遊ぶんだ」
「じゃあ鏡をみてごらあ〜ん」
 少年は洗面所の鏡を覗くと、
「うわああああ!」
 びっくりして、しりもちをついた。鏡には幽霊の姿が見える。両足がなく、浮かんでいて、少年より少し体が大きく、顔は真っ青。少年より年上そうで、けれど気が弱そうな男の子だった。
「僕の顔を見てそんなに驚かないでよおおおお、失礼だよおおおお」
「幽霊を見たら誰だって驚くにきまってるよ」
「そおだねええええ〜、こわいよねええええ〜。でも僕は一緒に遊びたいだけだから、怖がらないでよおおおお〜」
 少年は立ち上がって、青白い顔の幽霊に「その言い方が怖いよ」と言った。
「この言い方しかできないんだよおおおお。お願い、一緒にあそんでよおおおお」
 少年には、幽霊がわざと怖がらせる喋り方をしているように思えた。
「普通の喋り方しないと、ボクは帰るよ」
「普通の喋り方って言われても、こっちは普通に喋ってるつもりなんだよおおおお」
 少年は呆れて、トイレを出ようと歩きだす。
「待って! いかないで! ごめんなさい! 普通に喋るから!」
 急にハキハキとした声で幽霊が言った。少年は足を止め、トイレに向かって、「最初からそう喋ればいいんだよ」と言った。
「僕はそっちじゃなくて、もうトイレから出てるよ」
 背後から声が聞こえて、少年はそちらを向いた。
「どこにいるかもわからないヤツとは遊べない。ボクは帰る」
「待ってよおおおお、イヤだああああ、呪ってやるうううう〜」
 少年は一瞬足を止めそうになったけれど、歩き続けた。
「うおおおおおお〜さあみしいよおおおおおお〜うおおおおおおーん」
 幽霊がさみしいなんて、よく考えるとおかしな話だ。みんなを怖がらせるやつなのに、この幽霊は違う。
「あぁ〜さみしい、さあみしいよおおおお……」
 こんなにさみしがっている幽霊と、少しだけ遊んでもいい気がした。少年はくるりと振り返る。
「わかったよ、一緒にあそぼう」
「えっ、ほんとおおおお〜」
 相変わらずおかしな喋り方だけど、少年は気にするのをやめた。
 幽霊はかくれんぼがしたいと言った。どこにいるかわからないヤツとどうやってかくれんぼすればいいんだと少年は言ったが、幽霊がオニをやると言った。幽霊が数を数え始める。少年はトイレの個室に入ってカギをしめた。幽霊が十まで数えたのが聞こえ、静かになる。幽霊は足音がないから、どの辺りにいるか想像できない。でも時折、「どこおおおお〜」と声が聞こえた。
「ど〜こ〜に〜い〜る〜のおおおお〜……」
 声が近くなってきた。もうすぐトイレに来るだろう。
「ど〜、こおおおお〜」
 また近くなった。少年は怖くなり、しゃがんで息をする音も抑えた。
「みぃつけたああああああ〜!」
「うわあああああ!」
 いきなり幽霊の声が聞こえたから、少年は心臓が爆発したんじゃないかというほどにびっくりした。
「驚かさないでよ!」
「だってええええ、見つけたのがうれしかったもん……」
「……ドアも開かず突然声がするなんて、怖すぎる」
「僕は壁をすり抜けられるんだよおおおお〜」
 それは幽霊らしいな、と思い少年はトイレを出た。早歩きで公園から出ていく。
「ど〜こ〜い〜く〜のおおおお〜!」
「日が沈んできたし、帰らなきゃいけないんだ」
 後ろから「ええええええ〜!」と言う声が迫ってきた。「いやだあ、やだよおお〜、さあみしぃよおおおおおお〜」
 幽霊の声は右側で聞こえた。
「明日遊んでやるから。今日は帰る」
「ええええ〜……わかったおおおおお……」
 少年は右側に向かって「じゃあな、バイバイ」と言い、手を振った。
「僕はそっちじゃなくて、後ろにいるよおおおお〜」
 やっぱり姿の見えないやつとはまともに遊べない。そう思い、少年は歩きだした。
「明日、こなかったら呪うからねええええ〜……」
 どうしてボクが呪われなきゃいけないんだ。少年はそう呟いて、公園を後にした。
 次の日。少年が公園にくると、誰もいなかった。いつも通り少年はジャングルジムへ駆けだす。
 キィ、キィ――
 右のブランコが勝手に揺れた。少年はブランコの前に行く。
「うれしいよおおおお〜、来てくれたんだああああ〜」
 突然幽霊の声がして、少年は少しだけ驚いた。
「びっくりするなあ……。約束したから、ちゃんと来たよ」
「うん。じゃあ、一緒にあそぼおおおおおお〜」
 少年は姿の見えないさみしがりやの幽霊と、とことん遊ぶことに決めた。まずは昨日やったかくれんぼをした。持ってきた鏡で幽霊を見ながらジャンケンをし、少年が負けてオニになり、鏡を使って隠れた幽霊を探した。少年が鏡の中に幽霊を見つけたとき、幽霊はお決まりの幽霊言葉で「みつかったああああああ〜」と言うので少年はびっくりした。かくれんぼの次は砂場で遊んだ。幽霊が砂に触ると、まるで砂が勝手に動いているようで面白かった。砂遊びに飽きるとブランコに乗った。幽霊は浮いているから、どんな高い位置までもブランコを漕げた。少年の隣でブランコがグルングルンと大回転する。それを見ているだけでも楽しかった。
 次の日も、その次の日も少年は幽霊と遊んだ。幽霊がボールを持つと幽霊の位置がわかるから、ボールを追いかけるオニごっこをしたり、キャッチボールをしたりして遊んだ。少年は一人で遊んでいたときよりも、幽霊と遊ぶほうがずっと楽しいと思った。いつのまにか、幽霊と遊ぶことが好きになっていた。しかし幽霊の心は複雑だった。幽霊は人間ではない。人間は人間と遊ぶほうがいい。生きている人と遊んだほうがいいと、幽霊は次第にそう思うようになっていた。

 公園に少年がやってきた。
「お〜い、ゆうれい、きたよー」
 公園は、誰もいないかのようにしんと静まり返った。いつも幽霊が必ず「おおおお〜い、ここだよおおおお〜」と幽霊言葉で返事をするのに。少年はそういう遊びだと思い、幽霊を探した。鏡を見ながら公園の隅やトイレも探したが、幽霊は見つからず、女子トイレの中だって入った。けれど、どこにもいなかった。
 仕方なく、ひとまず一人で遊ぼうと砂場へ行くと、異変に気づいた。掘った穴や砂の建物や山が全部なくなっていて、砂場は綺麗な平らになっている。おかしい、昨日幽霊とここで遊んだはず。
 少年は、なんとなく鏡を砂場に向けてのぞいてみた。砂に文字か書かれている。それは鏡の中にだけ見えて、こう書かれていた。
「いままであそんでくれてありがとう。さようなら。もうじき君のさみしさもうまるよ」
 読み終えると、不思議なことにサーっと文字は消えた。
「なんだよアイツ。勝手にいなくなったのか。もうじきボクのさみしさも埋まるって……ボクは別にさみしくもなんともない。幽霊がさみしがりやなだけじゃん。ボクは一緒に遊んであげただけなんだから。変なのがいなくなって清々した。これでまた誰もいない公園であそべる」
 鏡をポケットにしまい、ジャングルジムまで走った。天辺まで登って、ゆっくり立ち上がり、まるで公園の王様にでもなったかのように、両手を腰に当ててふんぞり返った。
「誰もいない公園は、ボク専用の公園だ……」
 ブランコは勝手に動かない。少年を驚かせるあの声はもう聞こえない。鏡の中に幽霊は映らない。少年はジャングルジムから下りると、ブランコに移動した。右のブランコに座ると、弱々しく漕ぎ始めた。さみしくなんてない。さみしくなんてない。さみしがりやなのは幽霊の方。
「……さみしいよおおおお〜」
 少年は幽霊のマネをした。
「あぁ〜さみしい……さあみしいよおおおお〜……」
 マネをしたって、幽霊は現れない。少年は鏡を出してのぞいた。
「いいもん、一人で楽しんでやる。今までずっと一人であそんでたんだ」
 鏡をポイと放って、ブランコを勢いよく漕ぎ出した。風を切るぐらい勢いがつくと、少年はジャンプ! 綺麗に着地。ブランコは飽きているので、砂場へ駆けだした。けれど、砂場に着く前にピタリと足を止めた。いつのまにか男の子がいる。両足は地面についていて、少年より少し身体が小さく、顔は真っ青じゃなくて健康そうな肌色。少年より年下そうで、目を輝かせていた。男の子はブランコまで駆けていき、まだ動いているブランコを止めて座り、漕ぎ出した。ブランコにちょっと勢いがつくと、ぴょんとジャンプ。少年と比べると、ずいぶん短いジャンプだった。
 誰かが来た公園は、自分専用の公園じゃない。だからいつもなら、少年は帰ってしまう。少年は歩きだした。男の子の隣のブランコに座った。
「もっと勢いをつけないと遠くまで飛べないぞ」
 そう言って、得意気に大ジャンプを披露した。
「うわぁすごい、たくさん飛んだ!」
 パチパチと男の子が拍手する。少年はうれしくなった。
「いつもやってるからな。だからもう飽きてるんだ。一緒にかくれんぼしよう」
 そう提案すると、男の子は「いいよ」と返事をしてくれた。鏡を使わず普通にジャンケンをし、少年が負けてオニになった。数を数え始めると男の子の足音はトイレの方に向かっていった。
「7、8、9、10……」
 数え終えて、目を開くと、
 キィ、キィ……
 後ろから音が聞こえた。サッと振り返る。右のブランコがゆっくり動いていた。幽霊がいるのかと思ったけれど、ブランコはそのまま自然に止まった。さっき勢いよく漕いでジャンプしたし、それで今ようやく止まったんだ。……もう幽霊はいない。けれど、遊べる友達ができた。もうさみしくなんてない。
「お前と遊べたことは忘れないよ」
 少年はなんとなくブランコに手を振り、「じゃあな、バイバイ」と言った。そして、男の子を探すため、振り返って駆けだした。

 ブランコのそばに置かれた鏡の中で、幽霊がニッコリと笑って手を振り、フッと姿を消した。



colorless Catトップ


inserted by FC2 system