ぼくは雑貨店に並べられていた桜色の小さなウサギのぬいぐるみでした。
 名前はうさティーといいます。
 今のぼくは身長が一七四センチあって、細い身体を体育座りでたたむようにして、店の隅にずっといます。
 以前、ぼくは動いていました。
 なのにどうして動けなくなってしまったか……その理由は、今宵の雲ひとつない満天の星空のように純粋なもので、そんな夜空に浮かぶまん丸のお月様のようにはっきりとしたものなのです。

 店には玩具や一風変わった生活用品など、様々な品が並べられていて、ぼくも商品の一つでした。ただぼくは全く売れなくて、売れるぬいぐるみはミ○キーやピカチ○ウ、ジバニ○ンなど、有名なキャラクターのものばかり。ぼくは長い間売れ残っていたのです。
 ある日、一人の少年がぬいぐるみで遊んでいました。ただ、手に取るのは他のぬいぐるみばかりで、ぼくはちっとも触ってもらえません。剣を持ったぬいぐるみで黄色いクマのぬいぐるみに攻撃したり、クマのぬいぐるみが一斉にぬいぐるみたちをなぎ倒したり。戦いごっこをしていたのですが、ぼくももそうやって遊ばれたいと思ったのです。
「ねえ、ぼくも使って遊んでよ」
 突然の声に少年は驚いて、こちらを振り返りました。
「ねえ、一緒に遊んでよ」
 遊びたい一心でぼくは動きだしていたのです。
 少年はぽかんと口を開け、目をぱちくりとさせていいました。
「お前ぬいぐるみだよな?」
 ぼくはうなずきました。
「戦いごっこでもなんでもいいから、遊ぼう」
 ぼくの言葉に、少年は口を開けたままうなずきました。
 少年の操る剣を持ったぬいぐるみがぼくに斬りかかると、ひょいとジャンプでよけてみせ、また斬りかかると、今度はくるりと宙返りでよけてみせました。
「すごいすごい!」
 少年はぼくの身のこなしに感動しました。どんな攻撃をしても、ぼくは華麗によけてみせて、時々はわざと斬られたり、反撃をしてみせたりして、少年を愉しませました。
「お前って、かっこいいぬいぐるみなんだな」
 ぼくは誇らしい気持ちになりました。
「これ、こんなジャマなところで何を遊んでいる」
 いきなり大人の声がして、ぼくらはビビりました。店のご主人が傍にいたのです。少年はぼくを指していいました。
「ウサギのぬいぐるみが動いたんだよ」
 ご主人は耳を疑い、床に落ちているぼくをみて、笑いました。
「なにかの拍子に落ちてしまったんだろう」
 少年は、「違うよ」といい、ぼくも「違うよ」と声をあげ、ご主人は驚きました。
「ぼくが動いたんだよ、ほら」
 宙返りを披露しました。するとご主人は、ぽかんと口を開けて固まります。そんなご主人に少年は、「ほらぁ、動いたでしょ?」と自慢げにいいました。
「そんなバカな、ぬいぐるみが動いた!」
 ご主人の前で、ぼくは自由に店内を動いてみせました。その姿にご主人はまた固まり、けれども元気に動くぼくを見ているうちに、大笑いしました。

 心優しいご主人はぼくと少年が店で遊ぶことを許可しました。少年は毎日お店にやってきました。少年の友達もやってきて、ぼくはみんなと戦いごっこやオニごっこ、かけっこやかくれんぼなどをして遊びました。オニごっこはみんないつもぼくを捕まえるのに苦労します。かくれんぼも、いつもみんなはぼくを見つけるのに苦労しました。でもみんな、店内でぼくを探すことが楽しくて仕方ありません。みんなはぼくのことを大好きになってくれました。ぼくも、一緒に遊んでくれるみんなが大好きでした。
 しかし少年たちは人間です。彼らは日を追う毎に成長していき、どんどん大きくなって、遊びも成長していきました。ぼくはぬいぐるみなので成長せず、そのうち少年たちの遊びについていけなくなりました。それでも遊びたい一心で、ぼくは頑張って彼らと遊びました。
 ある日、少年がいいました。
「うさティーは小さすぎるからもう一緒に遊べないな」
 ぼくはショックでした。わかっていたことだけど、大好きな少年にいわれて絶望しました。
 その夜、ぼくは真っ暗な店の窓から青白い光が射しているのを見つけました。窓に近づくと、夜空にぽつんとまん丸のお月様が浮かんでいるのに気づき、それが光っているようです。ぼくにはどうしてか、そんな月が自分の願いを叶えてくれるように思いました。
「お月様、どうかぼくをお友達のように大きくしてください」
 すると、どこかから声が聞こえました。
「ならばお前を、彼らと同じくらいの身長にしてやろう」
 ぼくはぴょんと飛び跳ねるくらいびっくりしました。声はこう続きます。
「その代わり、もう元には戻れない。それでもよいか?」
 ためらうことなく、「いいですよ」と答えました。

 しばらく少年たちは来ませんでしたが、久しぶりに雑貨店へやってくると、驚きました。ぼくが彼らと同じくらいの身長になっていたのです。
「やあ、ぼくも大きくなったよ。これで一緒に遊べるね」
 ぼくがいうと、少年は戸惑いながらも、「わかった、遊ぼう」と返事をしました。
 前は小さくてついていけなかった難しい遊びも、簡単にやれるようになり、また毎日のようにぼくはみんなと遊びました。ただ、以前は簡単にできたあの宙返りや、華麗な身のこなしも、大きくなったせいでできなくなってしまいました。
 でもそんなのはどうでもいいことです。ぼくはみんなと遊ぶことが何よりも大事なのです。できなくなったことは気にしません。来る日も来る日もみんなと楽しく遊べて、ぼくは幸せでした。
 しかし、時が経つにつれ、少年たちはあまり店に来なくなりました。一週間に一回。一ヶ月一回と、だんだん来ない日が増えていきました。そしていつからか、少年たちは店に姿を現さなくなりました。
 ぼくは他の子供たちとも遊んでいましたが、ぼくにとってあの少年が一番の友達。だから、他の子と楽しく遊んでいても、本当は淋しい気分でした。
「いつかはきっと来てくれる」
 ぼくはみんなが遊びに来るのを信じていました。
 一年、二年、三年、四年――何年もぼくは変わらず信じて、少年たちを待ち続けました。

 ある日、ついに彼らがお店にやってきました。
 でもその姿は最後に会った日とはかけ離れていて、また一段と大きくなっていたのです。ぼくが大きくなったとき彼らは驚きましたが、ぼくも、店のご主人より大きくなった彼らに驚きました。
 最後に会った日からとても長い時間が経っていましたが、ぼくはいつものように声をかけました。
「今日は何をして遊ぼうか?」
 すると、一番の仲良しだった友達が、軽く笑っていいました。
「俺たちは大人だから、もう一緒に遊べないよ」
 ぼくには意味がわかりませんでした。困っていると、友達の一人はいいます。
「今日は女の子たちと合コンがあってさあ、そのためのパーティーグッズを買いにきたんだ」
 聞き慣れない言葉にぼくは思わず、「ゴウコン?」とたずねます。
「女と遊ぶんだよ。うさティー、酒飲めないだろ」
「お前がいたらウケを狙えるかもしんないけど、肝心なところで邪魔になりそう」
「俺、狙ってる子がいるんだよ。その子、ゆるそうだしさ、持ち帰れそうなんだよね」
「オレも落としたい女いるし、うさティーがいると強引な手が利かなくなりそう」
 あまりぼくには意味がわかりませんでしたが、どうやらまた、自分が小さいせいで一緒に遊べないのだと思いました。
 ショックだったけれど、またお月様にお願いすればいいのだと気づきました。同じ大人にしてもらえれば、全て理解できて、簡単に遊べるようになる。そう信じました。

 まん丸のお月様と星が輝く夜、ぼくは窓からお願いをします。
「お月様、どうかぼくを友達のように大人にしてください」
 すると、またどこかから声が聞こえました。
「ならばお前を、彼らと同じ大人にしてやろう」
 今回はわかっていたので、びっくりすることはありません。声はこう続きます。
「その代わり、もう元には戻れない。それでもよいか?」
 ぼくはためらうことなく、「いいですよ」と答えました。

 ふと周囲を見渡すと、自由に動き回っていた店が随分と小さく感じました。姿見の前に立つと、そこには店のご主人よりも背丈の大きい、ウサギのぬいぐるみが映っています。ぼくは大人になったのです。
 しかし、これは決して願ってはいけないことでした。ぼくは瞬時に悟ったのです。
 大人になったぼくは、彼らの遊びがどういうものかを理解しました。それは戦いごっこやオニごっこ、かくれんぼ、カードゲーム、麻雀などとは全く違うもので、小さかったぼくが思い描いていた遊びとは程遠いものだったのです。しかも、楽しかったはずの戦いごっこやかくれんぼなどの遊びは、大人になったぼくにとって全く魅力を感じられなくなり、胸にはぽっかりと穴が開いてしまったような気がしました。
 でもこれが、大人になったということだと、理解しました。ご主人が許してくれていたとはいえ、店内で無邪気に遊んでいたことを大変、恥じました。
 次第にぼくは憂鬱になり、身体は重くなっていきました。少年と無邪気に遊びたい一心で動いていたぼくがその心を失くせば、もう動けなくなってしまうのです。そのことも理解していました。
「こんな場所で止まったら迷惑だ、邪魔にならないところに移動しないと……」
 最後の心を振り絞り、ぼくは隅に移りました。そして、微かに残る子供心で体育座りをしたのです。
「またいつか、みんな来てくれるはず……こんなぼくを見て、大人になったんだってことをわかってもらえるはず……」
 ぼくは、みんなと合コンで王様ゲームをしたり、ポッキーゲームをしたり、友達と女の子を無理やりくっつける計略を立てたりすることを夢みました。その考えが最後の子供心を消してしまい、壁にぐったりともたれかかったのです。
 でも幸運なことに、意識だけは、失いませんでした。
 大人になったぼくには未来永劫、子供心が宿ることはありえないでしょう。たとえ大好きな友達がやってきたとしても、ぼくは永遠のぬいぐるみとして、店に居続けるだけとなったのです。近年、雑貨の販売はアマ○ンが一強になりつつあって来店者数が減っているので、この雑貨店が潰れなければ良いのですが。



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