4 海の日の午後四時。戦祭り開幕。 参加者の目的は信長の首を取る≠ネので、どこへ行ってもよかった。一方信長軍の勝利条件は信長を午後六時まで護ることで、津島市本町、天王川公園、弘浄寺以外に行ってはいけない。 参加者には略奪行為が許された。とはいっても、上街道に集中して軒を連ねる町屋に置かれた物のみで、事前に配布されたナップサックに入る分しか持ち出してはいけない。町屋には信長軍が用意した雑貨、本、玩具、食べ物、飲み物、そして武器があった。紙風船はこの武器でしか潰してはいけない。お宝券というものも津島中に隠したらしく、一枚で福引きがやれる。津島の特産品や豪華景品が当たるそうだ。さらに参加者側が勝利すれば、スポンサーになってくれた津島の店で使える高額商品券がもらえた。 開幕式として、弘浄寺に布陣した織田軍は、甲冑姿の武者行列を人々に見せた。数十分後、敵が津島に攻め入ってきたぞ、と進行スタッフがあちこちで叫び、半鐘が鳴らされる。恭将は町屋で刀(スポンジ製)を入手し、めぼしい物をナップサックに詰めていたので妙な罪悪感を覚え、信長軍が来る前に上街道から逃げた。 「敵がそっちへ逃げたぞ!」 突然の声に恭将は焦り、元は水路らしき道の橋の下に逃げて息をひそめた。だが見つかったのは恭将ではなかった。様子を見にいくと、ちょうど味方が転んだ。恭将はとっさに飛び出し、敵の背後から刀を振った。織田の家紋が入った紙風船を潰す。兵のおじさんは恭将を視認すると「む、無念!」といってオーバーに倒れた。胸元には『エコランド』という店名の入った名札。 「助かったよ、ありがとう」 礼をいった男は、近所に住む木下だった。恭将が津島に引っ越してきて以来の友達で、昔はよく遊んだ。だが無職になったことが後ろめたくて、ずっと木下を避けていた。「俺、行くよ」そういって恭将はそそくさと離れた。 戦は順調に展開し、両軍ともに兵の数を減らしていく。恭将も積極的に戦い、十二人討ち取っていた。 信長は時間まで中之島にいるつもりだ、という情報が入った。天王川公園は、元は天王川という大河で、現在は周囲七五〇メートルの丸池になっている。池には小さな島があった。それが中之島。橋を渡らなければ行けないのだが、信長は兵を全てそこに配置しているので、鉄壁の守りを誰も突破できていない。 参加者も天王川公園の藤棚の下に集結した。残り二十人。残り時間は十五分。全員で一斉に畳みかけよう、と誰かがいった。いや部隊を五つにわけたほうがいいと思う、と恭将はいった。信長軍の方が兵力がある。だから煽って散らすべきだ。 この提案に木下が乗ってくれた。他の人たちも同意した。作戦が決まる。一部隊ずつ時間差で突入する。最初の部隊が 両サイドから護衛が六人飛び出した。なぜか恭将のじいちゃんもいる。 「え、じいちゃん!?」 「信長様をお守りするのじゃああああ!」 じいちゃんが叫ぶと、みんな一斉に向かってきた。信長は奥へ逃げる。たった六人でも織田軍の迫力は凄まじく、気圧された。恭将の前にはじいちゃんと、『津島市観光交流センター』の名札をつけたおじさん。 「病院出てきて大丈夫なのかよ──」 「お館様をお守りして死ねるなら本望!」 祖父は死にもの狂いで 「うわああああああ!」 突如、木下が咆哮があげて突っ込んできた。闇雲に刀を空振りしている。 「恭将、信長の首を取れ!」 木下(の紙風船)が二人によって串刺しに。恭将は迷わず駆け出していた。信長は不適な笑みを浮かべ、槍を構える。 「信長ああああああ覚悟おおおおおお!」 信長の槍を紙一重でかわす── 懐に飛び込み、紙風船を、斬った! 「織田信長、討ち取ったり!」 「お見事、といいたいが、自分の頭を確認しろ」 ヘルメットを触ると、紙風船がなかった。よく見れば、いつのまに抜いたのか信長は左手に刀を持っている。 「わしの方が先にそなたの紙風船を潰しておった」 「いやふざけんなよ、武器を二つ持つなんて反則だ」 「はて、誰が武器を複数持ってはいけないといった」 うっ……。恭将は言い返せなかった。 「じゃあ武器はいいとして、紙風船を斬ったのは俺が先だったさ!」 そうだそうだと恭将の仲間たちはいってくれる。信長様のほうが早かった、と信長軍はいう。言い争う両軍に割って入るように、午後六時を告げるアナウンスが聞こえた。 「仕方ないのう、相撲で決着をつけるぞ」 「いやなんでそうなるんだよ」恭将は苦笑した。 「なんじゃ、わしには絶対に勝てんから、やりたくないとみえる」 恭将の眉間に皺が寄った。舌打ちもした。信長には日々の鬱憤もあったし、いまなら勝てる気がした。戦いで溢れたアドレナリンがよりそう思わせたのだろう。 そして盛大に負けた。一瞬で雌雄を決した。信長にぶつかったと思ったら、放り投げられていた。意地になって何度も立ち向かったが、やはり敵わなかった。 倒れている恭将を、信長が起こす。信長は勝ち誇った笑みをみせ、落胆する恭将の肩を叩いた。 「 わっと声が沸いた。「商品券を発行せずに済む」「あやうく店が潰れるとこだった」なんて声もあった。信長が恭将を見据える。 「そなた、一人前の武将の顔になっておったぞ。さすが織田家の子孫じゃ」 ふっと優しさを感じた。信長が手を差し出す。父親の顔をまともに覚えていなかったが、なんとなく面影が重なってみえた。恭将は微笑んで手を差し出す。 ぐらり、と信長が傾いた。とっさに身体を支えた。 「おい、信長──」 いくら声をかけても、信長は返事をしなかった。 |
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