その心が世間を憎むのは、運の悪さからだろう。
 その心が世間を憎むのは、愛されなかったからだろう。
 その心が世間を憎むのは、出会いに恵まれなかったからだろう。
 その心が世間を憎むのは、誰かに受け入れてもらえなかったからだろう。


  1


 夏休みは、ウザイ。
 なにがウザイかってーと、一つは気温だ。馬鹿みてーに暑いし、虫が湧いてスッゲーうぜぇ。
 そんなのはウザイことの序の口。家のすぐ脇の県道を爆音たてて走る「夏休みくん」が現れるってことの方がよっぽどウザイ。それは夏休みだけじゃないけど、休みに入った途端に昼夜も構わずバンバン騒音を撒き散らす族気取りが現れる。いっそ調子に乗りすぎて事故って下半身不随になって一生後悔すりゃいいのに、と俺は心の底から思う。そいつら、おもしれえことに片側の道路が工事中で一車線通行の場合は、必ず脇道へ曲がる。滑稽だ。人数そろえてりゃ一車線でも突っ込んでいくのかもしんないけど、たった一人や二人じゃ何にもできねぇからおとなしく脇道に入るんだろうな。そういう特性は笑える。
 この前、原付で出かけたとき、大きな通りの十字路で改造加えた原付に乗ってるいかにもな「夏休みくん」と赤信号で対面した。明らかに車体が前に出すぎ。こっちをジロジロ見て粋がってるもんだから、俺は心ん中で笑った。
 面倒はごめんだから無視するように信号を見つめ続けた。そいつはウィンカーを点灯させてなかったし、俺は左に曲がるつもりだったから、見切り発進してさっさと行こうと思った。
 ――けれど、俺は読めていた。
 あーいうやつはご丁寧にウィンカーなんて点灯させない。ウィンカーを点灯させることが「ダサい」と思ってるんだ。バイクの寄り具合と停止線を余裕で越えてることから察するに、絶対、対面の車両無視して右折して突っ込んでくるだろう。だから俺は想定した。
 俺は青になったら発進して、何も知らないフリをして左へ曲がり、改造原付が思いっきり突っ込んできて俺と事故ったら、この世間の良くできたルール上、全面的に突っ込んできたそいつが悪くなる。そうなったら即目撃者捕まえて警察に電話して一緒に超面倒な世間の仕組みに巻き込んでやろうと、思った。
 横の信号が赤になって、俺は見切り発進して左に曲がった。すると案の定、横目に「夏休みくん」が右折して突っ込んでくるのがみえた。でも俺は無表情。何も知らない。あくまで、「前方の原付はウィンカー点灯させてなくって、直進していく」と思っている。
 気づいていないフリで道路の中央へ寄っていくと、そいつは俺のすぐ傍まで突っ込んできやがった。車体は触れなかったが、俺の右側をギリギリで抜けていく。
 そして、お決まりの睨みつけ。
 滑稽だ。お前ら特有の自己表現は笑える。でも顔は笑っていない。あくまで、「なにこいつ? ウィンカー点灯させてなかったのに突っ込んできた」って顔をしてやった。改造原付は俺の前へ出ていって、次の信号でも停止線越えて停まり、わざわざ後ろ向いて俺を睨んできた。たった一人じゃそれが限界か?
 俺もチラチラ目を合わせてやった。あぁ、あくまで、「なに? 俺を見てなんなの? あ、後ろからダチでも来た?」って気持ちで、サイドミラーに一瞬目をやって後ろを向いてやった。そんな俺の行動を見て、なんて思っただろうなあアイツは。俺を睨んでるのが虚しくなったのか、前を向いた。信号が青に変わる前に出ていった。わかるよ、青になってから発進するのはダサいんだろ? 笑える。お前のそんな行動は、逆に個性がねぇんだよ。
 夏休みはマジでウザイんだ。俺のバイト先である大型の古本屋はガキで溢れかえる。ついでにガキのカップルも増えるのがウゼー。イチャイチャしてさぁ、女は男の腕握って「コレチョー面白いんだよー」とかブってやがる。ひと目なんか気にせず自分たちの世界を創り上げてキャーキャー喚いてんだ。吐き気がするね。
 床に座り込む奴とか、上の棚の本を取る台をイスにして座り読みするやつとか、本棚にもたれかかる女もいた。菓子をつまみながら立ち読みする馬鹿女もいる。あれを見たときはさすがに笑った。もちろんそいつは一人じゃない。もう一人連れの女がいた。ここはお前らの自宅か? 家でやってろ。
 とにかくさぁ、ウゼえんだよ夏休み。ガキの集団があちらこちらにいてさぁ、この前なんか、近場に用事があって自転車で帰るとき、俺は急いで帰ってたんだけど――その途中、前方にガキの自転車隊がいてスッゲーうざかった。ヘラヘラ笑っててさあ、ふらふら自転車漕いでてさあ、いきなり立ち漕ぎしたり、中には叫びだすやつもいたりした。見てるだけで気分悪くなったから、俺は道を変えた。ビビッてたわけじゃない。本当に気持ち悪くなったんだ。
 どいつもこいつもさぁ、蹴りたくなるようなやつばっか。特に自転車でも原付でもだけど、二人乗りしてるカップルとかマジで蹴り倒したくなる。
 夏休みの話じゃないけど、散歩中に通りがかった夜の公園で、電灯の下のベンチに制服のままイチャついてる学校帰りのガキがいたんだ。普通に並んで座ってたわけじゃない。男の膝の上に女が座ってた。遠目だったからハッキリわからないけれど、ありゃ絶対ヤってた。
 だから俺はジロジロと見てやったよ。そしたら向こうは俺の存在に気づいて、見返してきた。心ん中では百発ぐらい蹴りをいれてナイフでズタズタにしてたけど、そのまま通り過ぎて帰った。あぁ、あくまでそういう気持ちになっただけだよ? 実際にやりたいと思うほど俺は狂っちゃいないね。頭ん中で人殺ししたって誰も傷つきやしない。そういう妄想するのが犯罪予備軍の証拠、とか言わないでくれよ? 本当に誰かを傷つけるつもりは毛頭ないんだ。そういうのはちゃんとわかってんだよ、俺は。ガキと違って、大人なんだからなあ。
 ホンット、世の中ウザイやつばっか、馬鹿ばっかり。もうちょっと大人になれってんだよ。立場を弁えろってんだよ。まあ休みだからって開放的な気分になるのはわかるけどさ、この世界にはお前ら以外の他人が住んでることを一応忘れんなってことだよな。


  2


「和馬、あんた今日バイトは?」
 部屋でゲームしてたらドア越しからババアの声が聞こえた。今日はバイトねぇっつーの。
「今日は休み」
「あっ、そう。たまには部屋掃除しなさいよ」
 なんで部屋が散らかってること知ってんだよって話だよ。勝手に覗いてんじゃねぇよクソババア。
 ウチのババアはバイトがない日もイチイチ「バイトわぁ?」なんて聞いてくる。俺が部屋に閉じ籠もってんのが気にいらねぇんだよ。俺の勝手だってぇの。ちゃんと家に金入れてんだから、ほっとけっつーの。
「そういえばあんた、就職の件はどうなったの?」
「ちゃんとバイトしてんだからいーだろ別に」
「よくないわよ、この先バイトだけでやってけるわけないんだから。結局ダメだったの?」
「駄目だったよ」
「なら早く次のとこ探しなさい」
「言われなくてもわかってるよ――」
「いつまでもバイトしてないで、お姉ちゃんみたいに早く自立しなさいよ」
 ババアはマジでウルせぇんだ。二言目には立派な姉貴のことを持ちだして俺と比較しやがる。
「俺も頑張ってんだからほっとけ」
「そんなふうに言わなくてもいいでしょ、アンタのこと心配してやってんだから」
 なんだよ、今日はやけにウゼェな。
「はいはい、どーも」
 俺がそう言うと、「全く……」と微かに聞こえ、ババアの足音が遠ざかっていった。ゲームのキャラはいつの間にか死んでいる。うぜぇ、もうやる気なくした。
 苛立ちに任せてバチっと電源を落とし、ベッドに倒れこんだ。
 家にいたくねぇ。でも外にも行きたくねぇ。家も外もウザイ。だから結局、俺は家にいるしかねぇんだ。動くの面倒くさいし。
「あーあ」
 俺も大人んなったもんだよ。以前の俺なら間違いなく壁を殴って穴を空けてた。昔の俺は窓ガラスなんて平気で割った。
 でも、モノは殴れても親を殴ることはなかった。それが俺のエライところだ。「誰かをホントに傷つけることだけはしちゃいけない」その考えだけは――まぁ、それは俺の好きなゲームの中の言葉なんだけど、その考えだけはずっと守ってきた。
「力は守るためにある」「力は誰かを支配するためのもんじゃない」「守りたい者のために、力で迎え撃て」
 誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりするやつは最低だ。いかなる力でも、持っていれば責任ってもんがついて回る。この世界は自分以外の他人がいるんだからな。だから身の振り方を考えないようなやつは大嫌いだ。我が物顔で生きてるような奴はいなくなりゃーいい。そしたら世界は絶対、平和になる。
 ふと思いだしたが、この前バイト先で万引きして捕まったアホなジジィがいた。あんな歳して本を万引きして捕まるなんてありえねぇ。しかもそいつ、事務所に連れていかれたとき、スッゲーおもしれぇ言葉を吐いた。
「万引きして何が悪いんだ」
 それ聞いたときはマジで死ねって思ったよ。全く反省する気がなくて、結局警察に引き渡して終わった。その歳で他人に迷惑かけてまで酸素吸ってんなら、さっさと逝けって俺は思う。「夏休みくん」が年を取ったらきっと、そのジジィみたいになるんだろなぁ。迷惑かけるやつはみんな死刑になりゃいいのに。
 俺がクレイジーなこと言ってるみたいに見えるかもしれないけど、もちろん迷惑の度合いにもよると思ってる。とりあえず、「万引きして何が悪い」とか思うやつらは社会にとって邪魔なだけだし、何らかの方法で痛い目をみて一生後悔しろ。
 ベッドで漫画を読んでいると、「和馬」と俺を呼ぶ親父の声が聞こえた。どうせババアに(ほだ)されたんだろ。
 なに、と返事をして俺は少し起き上がる。
「チャンスはいくらでもある。お前はまだ若いんだから」
 んなことわかってるよ。
「それだけだ。頑張れよ」
 言われなくても頑張るっつーの!
 親父の足音が遠のいていき、俺は寝転がった。漫画に目を通し――止めてベッドの外に放り投げた。
 ……お前はまだ若い。チャンスはいくらでもある。そんなの聞き飽きたね。いつもそうだけど、親父は大して干渉してこない。それらしいことをちょろっと言うだけ。あとは一人勝手に過ごしてんだ。
「あーあ」
 更に最悪な気分になってきやがった。どこにもいたくねえ。ベッドで横になってることすら、憂鬱になってくる。
「はあ……」
 死にてぇ。



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