エピローグ 夏休みが終わる前日、朝からのバイトが午後四時に終わり、俺は一彦の家に遊びにいった。一彦の髪の色は黒になっていた。 俺の部屋を片付けただけあって、一彦の部屋は整理整頓がされていた。あまり特徴のない部屋だと思った。俺の部屋も濃い特徴は見当たらないほうだが、一彦の部屋と比べれば俺の部屋のほうが、ポスターが貼ってあったり雑誌が散乱していたりする分、個性的だ。 俺たちはサッカーゲームを始めて、静かに盛り上がった。家には誰もいないし、マンションだからということを気にしていたわけではない。俺と一彦が露骨に盛り上がるタイプではないだけのこと。 盛り上がっている証拠に、何試合も繰り返しプレイして、気づけば八時を過ぎていた。そんな時間なのに一彦の家の人間は誰も帰ってこない。 「オレ、コンビニ行っていいっすかあ?」 「コンビニ?」コントローラーを操作しながら訊く。「近くにあるの?」 「いや、自転車で五、六分ってとこです」 「じゃあ俺は帰ろうかな」 「え、帰っちゃうんすか?」 「もうすぐ家の人帰ってくるでしょ? こんな遅くまで邪魔してたら悪いし」 「んなこと気にしなくいいっすよ」 「でも帰ってきたらすぐ飯でしょ?」 「いや、飯は買いにいかないとないっす」 「は?」と、思わず画面から目を逸らして一彦を見た。 「親が帰ってくるの遅いから、今日も弁当なんすよ」 今日も≠チてことは、昨日も多分弁当で、それがよくあるってことだろう。 「和馬さんも一緒に弁当食います?」 ふっと画面に視線を戻すと、いつの間にかこちらのフィールドに攻め込まれていた。 「俺は一応家に飯あるし、弁当はいいよ」 「いつも家族揃って食べるんすか?」 「帰ってくる時間がバラバラでいつもってわけじゃないけど、家族が揃うこともあるなあ」 「そおっすよね〜。オレ最後に家族揃って家で飯食ったの、四年ぐらい前っすよ」 「四年!」また画面から目を逸らして一彦を見た。 「忙しい親なんすよ」 一彦が金髪に染めていたのは真面目からくる反動だと推測していたけれど……多分違う。そういう理由もあるのかもしれないけれど、それだけじゃない気がする。 『ゴォォォォォル!』 「あっ!」 気づいて画面を見ると、ゴールを決められていた。 「和馬さんボーっとしてましたねえ」 「卑怯だよ」 「卑怯じゃないっすよ、ボーっとしてたヤツが悪いんすよ〜」 一彦がヘラヘラと笑った。 俺はむかついて舌打ちし、本気出すから覚悟しろよ、と言って意気込んだ。けれど、ふいにスタートを押されてゲームが停止。 「腹減ったんでメシ買いに行きたいです」 俺も腹が減っていた。しかしこの悔しさはなんとかしたい。 「じゃあ次どっちか点が入ったら終わりにしよう」 「えぇ〜、もういっそのこと和馬さん泊まってけばいいじゃないすか」 「いや、お前明日学校だろ」 「関係ないっすよ、次の日学校でウチに友達が泊まったことありますから」 「えっ、あんの?」 「ありますよ、だから別に泊まってかれても問題ないっすよ。明日オレ、和馬さんと二ケツして学校行きますから」 ふっと笑えた。「そりゃ、大問題になるだろ」 一彦も笑った。「まあそれは冗談ですけど、泊まってかれるのはなんら問題ないっすよ」 明日のバイトは昼からだし、夜更けまでゲームしてるのは楽しそうだけど── 「やめておく」 「やめるんすか?」 「また今度にするよ。一彦は明日学校なんだし、ちゃんと寝たほうがいいって。寝坊して学校遅刻するぞ」 「大丈夫っすよ〜、マジメですねぇ」 「これでも俺は大人だからな」 「じゃあコンビニまでついてきてくださいよ」 「いいよ、ついてったる」 「じゃあコンビニまでニケツして行きましょうよ」一彦は立ち上がった。 俺も立った。「途中までな」 なぜか一彦は笑う。「ニケツはしちゃダメなんすよ〜、大人のくせに知らないんすかぁ」 「一彦がやりたいって言ったんだろ──」俺も少し笑った。「だったら自転車で行ってくれよ」 「あっ、ウソですウソです、途中まで原付乗せてください」 「いいよ」 一彦が動きだして、俺はついていく。 一彦が運転したいと言ったので、田舎道を走ることを条件に運転させてやることにした。去年の夏休みに一彦は原付に乗ったことがあるらしく、俺が説明しなくても扱い方は知っていた。まずは一人で運転したいと言うので、「気をつけてくれよ」と俺は言い、一彦は走行音を響かせて闇の中へ消えていった。俺は一彦の行った道を歩きだす。 高校生だもんな。まだバイクがもの珍しくて、魅力的に見えるんだよな。日常的に乗っている俺は、原付に魅力なんて感じない。冬場なんか寒いだけだ。肌に刺さるように風が冷たく、いつも震えてバイクを運転している。そんな冬場にも族が夜中に騒音を撒き散らして街を走り回るが、あれは気が狂ってるとしか思えない。そういうことするのは若気の至りってやつなんだろう。大人になったら、昔魅力的だったものに興味を感じなくなっていく。 ──だからだ。だから、俺は一彦のことが好きだ。もちろんそれは人間として。失った若さ≠持っている高校生の一彦が、魅力的なやつに見える。 後方からバイクが近づいてきた。俺を越して、停止する。 「やっぱ原付いいっすねえ、最高。これ、オレにください」 「やらねえよ──」笑い飛ばしてやった。「だいたいお前、無免許だろ」 「あー、夏休み中に免許取りに行けばよかったなぁ」 俺は笑みを浮かべながら、一彦の肩を掴み、荷台に乗った。 「行っちゃっていいんすかあ?」 「気をつけろよ」 「了解──」 一彦はそう返事をすると、スロットルを一気に回して発進した。急な加速に身体が引っ張られ、一彦の肩を握って耐えた。 「イヤッホォォォォォォ!」 一彦が叫んだ。 「行けええええええ一彦ォォォォォォ!」 ほとんどつられるように俺も叫んだ。一彦の若さにあてられて、二人で声を張り上げ続けた。 夜空に、俺たちが放つ騒音が響き渡る── その心が世間を憎むなら、時にこんなバカをするのも必要だろ? |
(了) |