「突然ですが、いまからテストをします」
 先生がテスト用紙の束を掲げると、みんな一斉に「えー!」と声をあげた。
「このテストは成績に関係ないから。みんながどれだけ勉強してるかを知るテストなの。だいぶ難しくしてあるから、一つもわからないかもしれない。だから、できなくても気にしないで」
 テスト用紙が配られる。
「うわぁ、こんな問題みたことねえ!」
 前の席の子が言った。テストがぼくの手元にくる。

 問1 1+1=?

 ……え、なにこれ。
「じゃあみんなはじめて。静かにやること」
 ぼくは問1を睨む。引っかけらしきところはない。
 どうみても、四年生に出す問題じゃない。
 ひとまず「2」と書いて、次へ。

 問2 お父さんとお母さんとあなた。合計、家族は何人ですか?

 簡単すぎわろた。
 一応、引っかけがないかよく読む。「3人」以外の解答がわからなかった。
 次へ。

 問3 お父さんとお母さんがセックスをしました。約十か月後、お母さんは女の子を出産。あなたを含め、家族は何人ですか?

 思わず周りをみた。
 みんな、テストに集中している。特に変わった様子はない。
「こら、カンニングはダメよ」
「え、いや、そんなつもりじゃ……」
「ならテストに集中」先生は手を叩く。
 答案に視線を落とす。「4人」と書いた。
 次へ。

 問4 家族は(おだ)やかに暮らしていました。しかしある日、両親の寝室から不穏(ふおん)な声が。「ふざけないでよ! もう私を抱けないって? 魅力を感じないって?」「ごめん。好きな人ができたんだ」「そんな……」「彼女とはもう、関係をもった。いますぐとは言わないけど……別れてほしい」「うわああああああ!」二人が争う音。あなたは怖くて寝つけませんでした。朝になると、お母さんが部屋を訪ねてきます。「お母さん、遠くにいくね」「どこにいくの?」と、妹のナツキが聞きました。「いずれ、あなたたちも来るところよ」お母さんは出ていきました。翌日、お母さんは川で遺体となって発見されました。
 さて、家族は何人ですか?


 ぼくは「3人」と書いた。
 ドキドキしている。少し心を落ち着かせてから、問5へ。

 問5 「この人と結婚して、一緒に暮らすことになった」お父さんが紹介する女性。お母さんよりずっと若かった。「ユウミです。二人とも、よろしくね」「……お母さんは?」妹のナツキが聞いた。「お母さんは、事故で死んだ。何度も説明したろ」「うそだもん、お母さん生きてるもん! だって、遠くにいくって、言ってたもん!」妹は寝室に逃げていった。呆然とするあなた。
 家族は何人ですか?


 ぼくは「4人」と書く。
 続きを読む。

 問6 お父さんとユウミさんの間に子供が生まれた。男の子で、カズヤと名付けられた。あなたと妹のナツキは、弟のカズヤを受け入れられず、一緒に反抗を繰り返した。お父さんとユウミさんは、やがてあなたとナツキが手に負えなくなり、カズヤばかり愛するようになった。孤独な兄妹。愛されないさびしさ。二人は(なぐさ)めあうように、互いを愛しあった。
「お兄ちゃん、あたし、デキちゃったみたい」
 ある日、ナツキが言った。
「え……俺の子?」
「お兄ちゃんとしか経験ないのよ? 他に誰がいるの」
 目の前が真っ白になるあなた。たいへんなことになった、と後悔した。
 二人は悩んだ末、お父さんに打ち明けた。するとお父さんはあなたを殴った。たくさん、殴った。それから、ナツキの腕を引っ張って言った。
「産婦人科に行くぞ。子供を()ろすんだ」
「いや! あたし産みたい! お兄ちゃんの子ども、産みたい!」
「馬鹿なことを言うんじゃない――」
 バシッ!
 思いきりぶたれたナツキが、うつ伏せに倒れた。
「痛い……あたしの、赤ちゃんが……」
「な、ナツキ……」
「あなたどいて! 病院に行かないと!」
 ユウミさんがお父さんを押しのけ、ナツキを起こす。
 お父さんも、ナツキに肩を貸した。

「お腹の子どもは問題ありませんね」
 産婦人科の先生が言った。
「先生、赤ちゃんは中絶させます」
「やだ……お父さん、お願い、産ませて」
「お前に育てられるわけないだろ! まだ14歳だぞ! それに、実の兄が父親なんて、そんな子供が、この社会で幸せに生きて――」
 お父さんを(さえぎ)るように、ユウミさんがナツキを抱きしめた。
「産みなさい」
「え……」
「私がナツキちゃんのために、精一杯、協力するから」
「どうして……」
「私がナツキちゃんのお母さんだから、じゃ理由にならないかな」
「ならないよ、あなたは本当の母じゃない!」
「そうね。でも私はナツキちゃんのこと、ずっと、自分の娘のように接してきたつもり。そこには、お母さんのことを(つぐな)いたいという気持ちもあったけれど……。私の母はね、私を妊娠したとき、おじいちゃんとおばあちゃんに猛反対されたの。父親が誰かわからなかったから。それでも二人の反対を押し切って、家を飛び出して、産んでくれた。そうしてくれなかったら、私は存在しなかった。私ね、生まれてきて、感謝してるの。死にたい日もあったけれど、いまは、感謝してるの。ナツキちゃんの子どもも、きっと幸せになれる。私はそう信じてる」
 いろいろ大変だったけれど、約十か月後、ナツキは無事に男の子を出産。たくましく生きてほしいと願いをこめ、タクマと名付けた。
 家族は何人ですか?


 6人、と書きこむ。
 ぼくは深呼吸した。
 そっと周囲をうかがう。誰も、なにも気にしていないようだ。
 こんなことくらいで動揺する自分が恥ずかしかった。
 最後の問題を読む。

 問7 それから、家族は数々の試練にぶつかった。近所の批判、ネットの中傷、いやがらせの郵便物、ナツキの自殺。
 弟のカズヤはグレて家出を繰り返した。心労が重なったユウミさんは脳卒中で死んだ。後を追うようにお父さんも亡くなった。あなたは心の病になり、ほとんど寝たきりの生活になった。
 いよいよあなたの寿命がやってきた。意識が朦朧としている。
 あなたはゆっくり瞼を閉じた。
「さようなら――……」
 次に目覚めると、病院だった。
「兄さん!」
「おとうさん!」
 弟のカズヤ、息子のタクマがいた。
「兄さん、こんなふうになっちまって……ごめんよ」
「なにをいうんだ、カズヤは、なんにも悪くない」
「おとうさん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫……タクマ、ごめんな」
 タクマは首を振った。
「タクマ……いつか、大きくなって、ものごとが色々わかるようになったとき、お前はお父さんとお母さんを恨むだろう」
 タクマは首をかしげる。
「いっぱい、お父さんとお母さんを、憎んでいいから」
 タクマが不安な顔をして、あなたの肩口に顔をうずめた。あなたはタクマの頭をなでた。
「ゲホッ、ゲホッ――」
 血。布団を真っ赤に染める。タクマがびっくりして、(おび)えた。
「ごめん、タクマ、びっくりしたな」あなたはタクマをなでた。「カズヤ、頼みがある」
「なんでもいってよ」
「お前のお兄ちゃんとして、なにもできていないクセに、こんなこというのは都合がいいと思うけど……家に戻ってほしい。タクマの面倒、みてやって、くれ……」
「わかってる。兄さんが退院するまで、俺に任せて」
「ありがとう。それと、タクマが大きくなって、自分が生まれたことに悩む日がきたら、こう伝えて。俺は、ナツキを愛した。たとえ血のつながった妹でも。自分の愛が間違ってたなんて思わない。だから、タクマも、生まれたことを、間違いだったなんて、おも、わない、で……――」
 あなたの鼓動が止まった。
「兄さん!」
「おとうさん……?」
 あなたは、息を引き取った。
 カズヤとタクマは、あなたの亡骸(なきがら)にすがりついて、長く、泣いた。
 家族は何人ですか?


 答案用紙がぼくの涙で濡れている。
 震えながら、「2人」と書きこんだ。
「ちょっとちょっと、どうしたの?」先生が駆け足でやってきた。
「この問題、かなしすぎる……」
「ど、どういうこと? 難しすぎて解けないから、悲しいってこと?」
 首を振った。「問題は全部やりました」
 ぼくは立ち上がって、答案用紙を先生に渡した。
「トイレに行きます……」
 駆け足で教室のドアに向かった。
「え、なにこの問題――」
 先生の声が小さく聞こえた。

 後日、ぼくのテストの正体がわかった。
 誰かのいたずらで(まぎ)れたものらしい。おそらく先生だろうけれど、誰なのかは判明しなかった。あのテストは一枚だけで、それがたまたまぼくに配られたそうだ。
 テストが返ってくる日。みんなが名前を呼ばれ、テストを返してもらう。ぼくの名前は呼ばれなかった。
「先生、ぼくのテストは?」
「君のテストは、間違ったものだったから」
「でも返してほしいです」
「ごめんね。もう捨てちゃったの」
 喪失感。急に涙があふれた。
「あのテスト、また読みたかったのに……」
 先生は笑う。「あれは、四年生にはふさわしくないわ」
 怒り。ぼくは拳を握った。
 みんなはテストがどれだけできたか、見せあっている。
 先生になにか言いたかった。でもなんの言葉も出てこなかった。
「先生のバカ!」
「バカって……もう、子供なんだから。だめよ、そういう言葉」
 本当に、先生は、バカなんだ。
 でもなんて言ったらそれが説明できるか、わからない。
 悔しくて、ついに泣いた。
 そうしたら、みんながぼくを「ガキだ」とバカにした。
 以来、ぼくは学校に行くのをやめた。



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