1.AVの国


 よくこんなビデオに出られるなぁと、切に思う。
 髪を引っ張られ、複数の男の指と舌が身体を這い、愛していないはずの相手に挿入される。
 性欲を処理するだけのために視聴している側は良い。レイプ願望も満たされるから。でも、この女性は実際にこの日本のどこかに存在している。こんなビデオに出演して、いったい今どんな生活を送っているだろう? ヤりまくって金持ちになっているのだろうか、複数のお金持ちから金を巻き上げているのだろうか? きっと、そうに違いない。金のために、子供を授かる行為を誰とでもしているんだ。
 こいつを、同じ人間だと思ってはいけない。それを認めれば、僕の人間性が崩壊する。だって、そんな人物たちを画面越しとはいえ目の前にしてきて、平然と性欲の処理を続けてきたのだから。これは人が車に轢かれた映像を見て、「すげえええ!」と面白がることと同じ。真に受けてはいけない。ただ目の前の映像を愉しめばそれで良い。過激なビデオに出演したAV女優は何千、何万人といる。全員人間じゃない。別次元の生物だ。きっと、AVの国みたいな場所があって、そこで楽しくセックスしてビデオを制作してるんだろう。「いたい」「もうやめて」と時々ビデオの中で言ってるけど、それらは絶対に演技。みんな金が欲しいからヤってる。あと、セックスが好きだからヤってる。そうに決まってる――
 涼也は、自慰行為をした後、決まってこうなった。冷静に、目の当たりにした映像の解釈をしていた。
 ――AVというのは僕らの日常とはかけ離れたものだ。だって、「成人向け」と区別されてる。大人しか買えない。子供の時からそうやって言い聞かされて、成長してきた。女体は手に届かない遠い存在であって、子供が知ってはならない事柄だと世間の大人たちは言っていた。だからAVやアダルト雑誌などは、僕にとって異端な物だった。誰もがそうだ。だからこそ、それらが道端に落ちているだけで言い表せぬ感情を胸に抱いてしまう。嫌悪や、興奮といった類。人によっては、状態の良いエロ雑誌を道路わきの草むらで見かけたら、宝物を発見したような気にさえなるのだろう。大人が決めた十八禁のルールに乗っ取って“正しく生きてきた”なら、なおさら複雑な心境に陥りやすくなる。僕も、そんなふうに正しく生きてきた口なのだが……、十八歳になる前にルールを破った。いや、正確には「破らされた」と言いたい。
 実写の女体で自慰行為をする気は、そもそも涼也にはなかった。世のルールを重んじ、律儀に守っていたので、涼也は少年マンガに描写されている微かな性的要素で自身の欲望を満たしていた。それで充足していたのだが、高校二年になってからできた友人に、涼也が十八禁物に全く興味がないことを告げると、面白半分で鞄にアダルトDVDを入れられた。涼也はそれに気づかなかった。家でDVDを見つけると、狼狽(ろうばい)した。あってはならないものがそこに有れば、当然そうなる。
 観ないという選択肢はあった。けれど、いくらルールに忠実とはいえ、人間としての本能は反応していた。でも今まで守り抜いてきたことを容易に破りたくない、と涼也は苛まれていた。
 道徳観と本能の(せめ)ぎあい。その末に、涼也はこっそりと観ることを選んだ。
 初めは衝撃的だった。目の前で繰り広げられているものがなんなのかわけがわからない。異次元だと思った。映像の中の世界は宇宙の果てで繰り広げられている行為だと涼也は感じた。可愛らしい女性が一定のリズムで、奇妙な声をあげている。涼也の中で探究心が加速した。いったいどこを触っているのか、どこに“それ”が入っているのか。肌に触れるとどんな感触がするのか、胸というのは本当にプリンのような柔らかさなのか。思考を巡らせながら、涼也の手は自然とティッシュを掴んだ。性器に刺激を与えると、いつもより早く終われた。少年誌でするよりも快楽を得られた。
 次の日、涼也は惜しいと思いながらも友人にビデオを返した。それを観てヤったかどうかを訊かれたけれど、涼也は「やってない」と嘘をついた。
 AVがなくなり、またしたくなったとき、涼也はいつも通りお気に入りの漫画のヒロインで自慰行為をした。が、ダメだった。感じられなかった。ビリビリに服が破れ、はだけ、豊満なバストや太ももが露わになっている少年誌ギリギリの描写に、もう本能は反応しなくなっていた。
 明くる日、涼也はもう一度同じヒロインで挑戦した。すると今度はイけた。でも、満足していなかった。心はあのビデオを求めていた。
 ――アダルトビデオが欲しい。涼也は切望した。歯止めが利かなくなっていた。
「十六も十八も同じだ」と、そのときの涼也は自分にそう言い聞かせていた。レンタルショップではおそらく借りられない。AVが売っている普通の本屋もあったが、そこで買うのも怖かった。異次元の物を買うには根っこから次元の違う店に入った方がいい。元がそういう店であれば、人の目を気にしなくていいから。
 そう考え、涼也はアダルトショップへ足を運んだ。お店に入ると、そこに居るだけで「やってはいけないことをしている」という強迫観念に駆られた。罪の意識に苛まれながら涼也は物を選んだ。AVというのは高価なものだと思っていたが、所持金でも余裕で買えた。涼也は、この場に立っていることに畏怖(いふ)の念を抱いていたが、同時に興奮もしていた。手の届く場所に異次元の女体が大量に陳列されている。もちろん本能は反応していて、あれやこれやと目移りしていた。悩んだ挙げ句、選んだのはレイプもの。理由は、それが涼也にとって最も異端で、ビデオ越しなら観てみたいからだった。
 レジに持っていくのが一番怖かった。涼也は手の震えを必死に抑えながらお札を出した。太った男性店員の心理をあれこれ想定しながら、購入した。
 まるで新しいゲームソフトでも買ったような気分だった。涼也は急いで家に帰り、居間でビデオを観た。家には誰も居なかったが、アパートなので音量には気をつけた。ビデオの内容は、涼也の想像を凌駕(りょうが)した。激しくて暴力的。女性が叫び、乱暴に扱われながら犯される。映像に嫌悪しながらも、ティッシュ箱を掴んだ。
 こうして、涼也は目覚めた。極めて異端な映像で自慰することに。そしていつしか、終わった後は空虚感にとらわれ、冷静になって考え込むようになっていた。



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