魔法シンドローム

第四話.KG氷牙(page.B)



 アイは、漢字で『藍』と書くのだが、偽名らしい。
 年齢は十六歳。組織から離反した者だった。
 シムズは小学校卒業と共に組織入りするわけだが、中にはそれに反抗する者もいる。そういった人は処罰される、ということはない。そこまで鬼ではない。離反してからおよそ一年、説得を試みてくれる。それでも組織に戻らないようなら処刑、とはならず逆に組織が永久に離れる。つまり二度と戻れなくなるというわけだ。組織の援助を受けることすらできない。どうせぼくらは二十五歳を境に死んでいくのだから、わざわざ強制連行するだとか、さらに時間を割いて説得するだとか、そんなことはしないのだ。見切りをつけられた人はもうそれまで。
 それなのになぜ、藍という人を討伐することになったのか。
 ずっと以前から国は、そのギャングの解体を依頼していたのだが、組織は応じなかった。
 渋谷に突如として表れ、急速に勢力を拡大させたギャング、『KG氷牙』。センスがわかる陽はこの名前を見たとき「ダサい」と呟いていた。この氷牙(ヒョウガ)には、リーダーの藍以外にも三名のシムズが籍を置いているが、いずれも藍よりは強くないらしい。
 藍は、そもそも徒党を組む気などなかった。彼は組織入りして数ヵ月後に離反した。何事にも一生懸命になれない性格だったようで、どんなことも長続きしない、いわば引き籠もり気質の人間なのだという。
 そんな彼が不良たちと出会った。自ら絡まれにいった、とでもいうべきか。夜更けにあてもなく渋谷を徘徊していると、ギャングの抗争に遭った。彼は仲裁に入り、殴る蹴るなどの巻き添えを食い、最終的に能力を発現した。ドロフォノスが存分に力を発揮すれば、健常者の抗争を制圧することは雑作もなかった。
 藍は、そのとき傷つけてしまった不良たちに対して丁寧に詫びを入れていったのだという。元々殴打を受けて怪我をした人もいるのだが、そんな人たちも全てひっくるめて、自宅も病院も関係なしに毎日見舞いに通った。相手が死ねば自分が死刑になるので気にかけてたんだろう、と紅輝さんは付け加える。
 最初のうちこそ煙たがっていた彼らは、いつしか藍に心を開き、内に秘める悩みすら喋るようになったのだという。それをどうするでもなく、藍はただ黙って耳を傾け、彼らを理解していった。思慮深いのがシムズの特徴なので、不良たちとの相性もよかったのかもしれない。
 かくして、対立していた渋谷のギャングは、藍という存在を介して統一され、彼をリーダーとする『KG氷牙』として生まれ変わった。
「すげぇ良い人じゃん、その藍って。なんで戦う必要があるんですか?」
 陽が問いかけると、紅輝さんは真面目な表情で口を開いていく。
 どれだけ藍が人格者でも、それで構成員の性格が変わるわけではない。なかには藍の信念に応えようとする者もいるが、悪事を働く者も多かった。迷惑行為、縄張りの管理、薬物売買、金融業者の取立て代行など。藍はそれを咎めなかった。警察はグループの解体を組織に依頼していたわけだが、主に健常者側のことなので拒否していた。警察がすべき大仕事を組織がしてしまえば、シムズに対する世間のイメージがおかしな方向に偏る恐れがある。様々な依頼を受ける組織だが、どこか一つの機関に肩入れすることは避けていた。
 しかし、ようやく組織が重い腰をあげなければならない事件が起きた。
 藍が、人を殺めたのだ。
 それも一人でなく、何十人も殺害した。相手は、渋谷に拠点を置く皆辻(みなつじ)組という暴力団だ。KG氷牙として統一される以前のストリートギャングが懇意にしていた組なのだが、危ない仕事はもう引き受けられない、と、縁を切ろうとした。しかしヤクザは、それでは困る。汚れ役がいなくなれば組に負担がかかってしまうから。皆辻組は、氷牙の構成員に脅しを掛けるようになった。その手は身内にまで及び、凄惨な暴力事件に発展した。
 幸い死者は出なかったが、被害に遭った者たちは心と身体に深い傷を負った。皆辻組にはシムズも一人いて、恋人が酷い火傷を負わされたという者もいた。立て続けに舎弟を傷つけられ、藍は動きだすのだが、誰にも相談せずに単独で皆辻組の事務所に乗り込んだ。そうして、その場にいる全員を、氷づけにしてしまった。
 ぼくには、その藍という人が最高にかっこいい存在に思えた。正義のヒーローみたいじゃないか。それは陽も同じで、瞳を輝かせながら藍を称えていた。一部健常者にとっても藍はカリスマ的な存在だったようだ、事件が起こる以前はよくメディアの取材も受けていたらしい。紅輝さんは雑誌の切り抜きをポケットからたくさん出してぼくらに見せてくれた。そこに、藍の写真が載せられている。だが顔はわからないよう、能面を被っていた。藍はメディアに顔出しだけは絶対しなかったらしい。だから、藍の正体を知るものは、KG氷牙で直接関わったことのある人だけだろうと紅輝さんは言った。組織も、藍が離反したメンバーの誰なのかという確証はなかった。でも藍の正体に関して見当はついているらしい。
 事件は半年前の出来事で、シムズによる殺人が発覚してからすぐに組織が動きだしたのだが、KG氷牙はいくつもアジトを持っており、藍は巧に雲隠れしている。
「俺、納得いかない」陽が口を開いた。「藍って人は正義のためにやったことじゃん」
「ああそうだ。それでも俺たちが人を殺せば、問答無用で死刑になる。充分わかってるよな、それくらい。それともここは、こんな基本的なことも教えないようなクソ学校か?」
 陽は言葉を失くし、俯く。ぼくの胸にも反論が溜まっているのだが、どれも声に変換できなかった。そんななか冷奈が「あの」と、か細い声を出す。紅輝さんは「なあに?」と猫なで声で反応した。
「つまり、その藍って人は、死刑が確定してるってことですよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあもしかして、私たちがその人を殺すってことですか?」
 紅輝さんは、不気味なほどに満面な笑みを浮かべた。
「君たちは本当に良い機会を与えられたよ。藍を殺す必要はない。むしろ誰も殺してはいけない。もし冷奈が藍を殺害すれば、やはり例外なく君も死刑となる」
 冷奈は鋭く息を呑んだ。ぼくと陽がほぼ同時に席を立つ。一足先に陽が口を開いた。
「むちゃくちゃだな、戦うってことは手違いで殺してしまうことだってあるかもしれないじゃないか! ていうか、なんでこんな重い任務を俺たちがやらなきゃいけないんだ」
 言いたかったことを陽が全て吐きだしてくれた。そうだよ、とぼくは強く同意する。
「良いことを訊いたね。まず、主に戦うのは俺の仕事だということを先に言っておく。そしてお前たちの力を借りたいんだ。一人よか、四人でやったほうが楽ちんだろ?」
 紅輝さんは左手の人差し指を立てる。
「それともう一つ。この任務は今や俺一人に任されてることなんだよ。氷牙の奴らが藍を匿うもんだから、大勢で動いてもすぐにバレちまう。俺は顔を完全に覚えられちゃってるみたいだしなあ」
 紅輝さんは教壇に左手を打つ。
「そこで、まずはお前たちに探しだしてもらいたい。向こうもまさか子供を使って捜索するなんて思いも寄らないだろ? 捜索方法は、任せる。健常者だと偽って動くのもよし、チームに入りたいとか言って近づくもよし。氷牙の看板や藍という存在自体、ファンは多いみたいだからなあ。ひと目会いたいって純粋な子供のふりしながら近づくのもいい。自分らで方法を決めて、もし藍を見つけたら、こっそり俺に教えること」
 紅輝さんは、両手を叩く。
「以上、説明終わり。何か質問ある子はいるかな?」
 ぼくらは、呆けていた。紅輝さんが人差し指で一人ずつ指していく。ぼくと冷奈が手を挙げた。
「はい、まずそこの美女」
「えっと……死刑を執行するのは紅輝さんですか? それとも別の、組織の命を受けた方なんですか?」
 紅輝さんは素早く手を叩く。「ホントに冷奈は良い質問をするなあ。ますます好きになった。今日から俺んちで一緒に暮らそう」
 冷奈は自分の身を両手で抱きしめ、身を引いた。紅輝さんは、嘲笑か自嘲か判然としない笑みを零す。
「執行するのは俺じゃない。俺も、もし藍を殺したらそのときは死刑だからね」
 じゃあ誰が藍を殺すのか。ぼくがそう訊いた。すると紅輝さんは白いチョークを掴み、携帯を取りだしてなにやら打ち込む。こう書くのか、と呟いてから、「Z」と書いた下の方に文字を連ねる。
 執行人
 チョークを置き、ぼくらを向いた。「組織に入ってから教えられることなんだけど、特別に説明してやるよ。シムズの死刑は、全てこの執行人がやる」
 Zの下に執行人と書かれたことが気になった。
「その人は、Z型のシムズなんですか?」
「さあな。Z型というのは、九つの魔法式には分類できないタイプのことをいうんだが、俺はそのZ型を見たことはない。この執行人がそのZ型なんじゃないかと組織の間では言われてる。あぁ、ちなみに執行人はシムズだ。健常者の法律で裁くわけではないから、この執行人だけがシムズの死刑を行うことを許されている」
 それってさあ、と陽。「組織のなかから選ばれてその役職に就くわけ?」
「俺はそういうことはわからない。そもそもZ型と執行人に関する情報ってのは、どこ探してもないんだよ。だから陽みたいな変なやつが執行人として選ばれる、ってのはあるかもなあ」紅輝さんはにやにやと笑いながら言った。「なんにしても嫌な役回りだろうよ。まあ、執行人自体は世界規模で数人しかいないらしい。よっぽど運が悪くなきゃ、そんな役職に就くことはないから安心しろ。次、まこと。質問はなんだ?」
「藍の正体は見当がついてるって言ってたけど、それを教えてください」
 紅輝さんは人差し指で頭を掻く。「まだ一度も顔を見てないから、あくまで推測なんだよ。俺はそいつだって未だに信じたくねえ……。余計な先入観与えちゃうからなんも言えねえんだけど、名前だけ教えておいてやる」
 紅輝さんが黒板に「青輝」と書く。アオキ、とフリガナをつけた。
「俺はこいつのことをアオと呼んでいた。この名前はお前らの胸の奥に仕舞っとけ。探すのは藍という人物だからな。いいか」
 各々、頷いた。他に質問はあるかと紅輝さんは言い、陽が手を挙げる。
「藍と戦いになった場合、俺らもそれを手伝うってことだけど、俺たちなんかじゃ力不足でしょ? 他の不良ともケンカになるかもしれないし」
 紅輝さんは、不敵な笑みを浮かべた。
「心配はいらねえよ。お前たちは充分、戦力になる。適当に言ってるわけじゃねえ。三人の力はテスト済みだ。合格だよ。お前たちは、かなり強い」
 にわかに信じられない。それ以前にテストなんていつやったんだ、と思ったが、そういえば確かに、ぼくらはすでに紅輝さんの前で力を発現させていたということを思いだした。いつの間にか見定められていたようだ。
 ぼくらの任務は、あくまでも人探し。紅輝さんは帰り際にそう言った。誰を探すのか、戦うこともあるのか、その内容は幸村先生や両親などには話すなと釘を刺された。組織は、ぼくらが紅輝さんに協力することに関して了承済みなのだという。どうせ人探しという名目を全面的に押しだして許可を貰ったんだろう──下校中、陽が不平を漏らすように言った。
 ぼくらは八雲神社に寄った。といっても、ぼくは少し家から遠くなるのだが。腰を据えて話をしたいときやなんとなくまだ家に帰りたくないとき、それと集合場所によく使う小さな神社で、周りは住宅に囲まれているのだがほとんど人も来ない。鳥居の前に電話ボックスなんか設置されていて、それを使用する人間は一度も見たことがなかった。
「明日は何時からって言ってたっけ?」
「渋谷駅に一時集合って言ってたよ」冷奈が携帯を見ながら喋る。
「陽、やっぱ忘れないようにどこかにメモしておいたほうがいいよ」
「大丈夫だって。忘れててもお前らが迎えに来るだろ?」
 陽は、自分のことを人任せにする癖があった。なんだかんだでぼくらがそれを叶えてしまうのだが。
「せめて寮母さんに伝えておいたほうがいいよ」冷奈は携帯を仕舞う。「そしたらちゃんと言ってくれるでしょ?」
 陽はふっと笑い、神社の縁から下りて両手で雪を掬う。
「まるでお前らは俺の父親と母親だな」
「陽くん、すぐそういうふうに言うよね」
 まるで姉、まるで兄、まるで妹か弟。陽はそうやってぼくらのことを家族にたとえる。
「なあ、藍さんってどんな人だろうな」陽は雪玉を投げる。数メートル離れた松の細い幹に当たり、枝に載った雪が落ちた。「殺人シムズだけどさ、俺、すっげえカッコイイって思ったんだ」
 陽は連続で雪玉を投げ、一度も外さず幹に当て続ける。全て砕けずに跳ね返っていたので、氷結させているようだ。
「わかるよ。同じシムズとして誇りに思う。健常者の不良たちの争いを止めて、そのみんなと真剣に向き合って、仲良くなって、リーダーになっちゃうなんて……なんていうか、夢があるよね」
 陽の放った雪玉が、神社の出入り口に立つ幟用ポールにぶちあたる。同時に振り返った。
「だよな。さすが、まことはわかってる」
 片手に持つ雪玉を軽く投げつけてくる。キャッチせず、クセで風をぶつけて弾いた。冷奈が白い溜め息を吹く。
「夢があるって……死刑になるんだよ? いくら良いことしてても、結局は本来所属してなきゃいけない組織から離反してるし、そんな人を誇りにしたらダメだよ」
「相変わらず固いんだよなあ、冷奈」
 陽が冷奈に雪玉を投げる。弾くことなく片手で受け止めた。
「陽くん、こんな硬い雪玉を人に向けて投げたらダメだってば」
「俺が野球ボールを投げても同じこと言うのか?」
「すぐそういう屁理屈言うんだからあ」
 小ばかにするように陽は笑う。また雪玉を握り、平気で鳥居に当てた。
「もお、バチがあたるよ、それにもし外して通行人に当たったらどうするの?」
「あんなの人間が作ったかっこいい石柱だよ。それに外さないから大丈夫だって」
 ぼくらは、すこぶるコントロールが良かった。雪合戦で身についた技能でもあるが、投擲においてぼくらは、銃身のように風で補正をかけるので、ほとんど対象に向かって投げることができる。外れるとすれば、能力のコントロールを誤るか、魔力(マナ)が貧弱か、飛距離が足りないかのいずれかだ。陽はどれも充分だった。まあぼくのほうがもっと精密に投げられるけれど。
 冷奈は縁から下りて石段に立ち、両手を合わせる。「あのアホの子の無礼をどうかいつも通りお許しください」
 へへへ、と陽は笑いながら、鳥居に向かって投げつけるのを止めなかった。
「ねえ、まことくん」
 ぼくは拝殿の方を向く。
「渋谷の行き方わかる? 私、電車の乗り方ってうまく理解できないから」
 東京は陽と数度出かけたことがある。冷奈も連れて行ったことがあるのだが、あまりの人の多さに眩暈を起こしていたことを思いだした。
「陽が理解してるから大丈夫。ぼくも冷奈ちゃんと同じようなものだよ。電車って、思いも寄らないところに連れていかれそうで恐ろしいよね」
 うん、と返事をした冷奈は縁に座った。ぼくも、近づきすぎず遠すぎないところに腰掛ける。
「ねえ、両親には交戦する可能性があること伝える?」
 冷奈は首を振る。「紅輝さんはあくまでも人探しの任務だって、そう伝えておけって言ってたし……簡単な人探しをするって言っておく。まことくんは?」
 お母さんはシムズという存在とその責務に充分な理解があるので、全て話すつもりだ。嘆くことも反対することもないだろう──そう彼女に言った。
「ウチのお父さんも、そういうことがあるのはわかってるけど……でも心配かけたくないし黙っておく。陽くんは?」
「俺は誰かに言っても言わなくても変わんないし。だからいちいち伝えない。てかさあ、渋谷まで電車で行くのめんどくさいなあ。組織が車を出してくれれば楽なのに」
 それか、渋谷まで飛んでいけたら。……ちょっと無理があるか。とりあえず、二人に見せてやろうと、立ち上がって広場の中心に出ていく。ここからどうすればいいんだろ。試しに、適当に周りへ魔力(マナ)を放出する。自分を巻き上げるように再発現(リブート)してみせる。雪が舞い上がり、身体が前後左右にぐらぐら揺れた。ただそれだけ。陽が笑った。
「なんだよ今の、風の向き変だったぞ」
 浮くにはどうしたらいいのだろう。ただ自分に風を巻き起こすだけじゃ、ダメだ。やはり思いきり魔力(マナ)を放出するのかな。でもぼくにはそこまでの力がない。ほんの少し浮くことはできるけれど、飛行機みたいなジェット噴射は無理だ。
 飛行機がどう飛ぶのか、を想像すると、滑走している姿が浮かんだ。そういえば、お父さんは夕摩川で飛んだとき、思いきり助走をつけていた。こんな場所では、それはできない。それ以前にお父さんは助走もなしにぼくを浮かせたし自身も空へ飛んだ。いったい、どうやって?
 あのときの状況を思いだす。たしか、ぼくはお父さんに突き飛ばされた。地面に倒れず、背面で風を受けてそこから浮き上がった。
 下方向に魔力(マナ)を放出し、すぐに背中から倒れる。見えない背に向けて再発現(リブート)を行う。すると、身体が押し上げられた。倒れず、巻き上がる風に支えられている。だが不安定で、今にも風のクッションからズレて落ちそうだった。足が、地面から離せない。
「おいおい、まさか飛ぼうとしてるんかよ」
 そうしたいのだが、ぼくは腕を回してじたばたとするだけ。なんとか足を浮かせてしまおうと、尻に目がけて魔力(マナ)再発現(リブート)する。足が、離れた。だが背を支えていた力が途切れる。足元を掬われたような形で、背中から雪に落ちた。冷たくて、短い悲鳴をあげる。二人がくすくすと笑っていた。
「まこと、今のなんだよ、何してたんだ?」
 面白い、と冷奈も笑い続ける。ウケているのは悪く思わなかった。立ち上がり、背を払う。
「変な力の使い方を見つけたから、それで空を飛べないかなあって」
 当然、陽がやり方を教えろと言うんだけど、お父さんはこの技術を小学生に教えてはいけないと言っていたので、「風を自分に当ててるだけ」と言った。そんなことできるわけない、と即返されるのだが。
「まことくん、そんな力の使い方……誰かにやり方を教わったの?」
 時々、冷奈は鋭い。ぼくは首を振った。隣で陽がこれを試みる。しかし、ただ風を飛ばすだけだった。
「自分に風を吹くなんて、できるわけない」
 もう少し教えたかったが、口を噤んだ。陽は何度も魔力(マナ)を普通に放出してしまう。その様子を見ていると、耳を動かそうとする自分の姿を思いだした。陽は左耳だけ微妙に動かすことができるのだが、ぼくがそれを真似しようとしても、絶対にできなかった。今は立場が逆転している。
 それから数分間続けたのだが、魔力(マナ)を連続で放出することに疲れて止めた。陽は塾に通っており、時間も迫っていたので冷奈がそれを伝えると、彼は「またな」とか「ばいばい」とか、それすらも言わずに唐突に走りだして去っていった。

 お母さんに明日のことを詳細に説明すると、心配そうな顔をさせてしまったのだが、「まことの宿命みたいなものだから仕方ないか。教えてくれてありがと」と言ってくれた。ぼくはきゅうりの浅漬けを口に運ぶ。
「怪我だけはしないように気をつけてね」
 別に怪我をしてもすぐに治るが。素直に頷いて、きゅうりを咀嚼する。
「まあ、組織の人がまことは問題ないって言ってたんなら、大丈夫だろうけど」
 その辺は疑問だ。怖い年上の健常者と衝突することを想像すると、嫌気が差す。
 目先に不安がぶらさがっているせいか、食が進まない。ご飯は六杯半までおかわりしただけで、それ以上は食べる気になれなかった。



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