魔法シンドローム

第五話.渋谷(page.A)



 駅に着くと、あとのことは陽に任せた。切符を買い、指示通りの電車に乗る。複雑な乗り換えも、陽だけが理解している。それぞれの知識が偏るのもシムズの特徴だった。
 渋谷駅に着いたのは一時十一分だった。
「紅輝さんはどこにいるんだっけ?」
 冷奈に訊くと、携帯を出して「犬の像があるところ」と教えてくれた。人混みをかきわけるようにして路上を進んでいく。人間が多すぎて気持ち悪い、と冷奈が何度も呟いていた。
 ハチ公像の前には、かなり目立つ姿の人がいる。今日は控えめなほうだが、それでも周りのベンチに座る誰よりも髪を盛っており、ファーのついたジャケットを羽織っていて、中にはスーツを着用しているようだった。サングラスを掛けているのだが、一発で紅輝さんだとわかる。銅像に寄りかかり、腕を伸ばしてハチ公の顎下を撫でていた。
 紅輝さんの視界に入り、目が合うと、みるみる形相を変えた。憤怒している。掌から、微かに炎が迸っていた。周りの注目を浴びてしまう。すでに充分浴びていたけれど。
「あ、もしかして遅れたこと怒って──」
 紅輝さんが、バッと掌を陽に向けた。陽は反射的に身構えて足を止める。ぼくらも止まった。紅輝さんは小刻みに首を振り、周囲にぐるりと目を向け、そうしながらポケットから、赤、緑、青の三つの携帯を取りだした。サッとしゃがむと、手に持つ携帯を、まるで犬に餌を与えるみたく振り、ついには全て地面に置く。何も言わず立ち上がって背を向け、唐突に駆けだす。ぼくらの前からいなくなった。
「なんなんだ、あの人は……」
 さあ、とぼくは苦笑いする。冷奈が、自身の手前に置かれた青い携帯を取った。すると、着信を受ける。他の二つも同様に着信があり、バイブレーターによる振動でカタカタと音をたてていた。
「取ったほうがよくね?」
 陽は赤い携帯を手にする。ぼくも手にして、通話開始ボタンを押した。
「ふざけんなてめぇら、遅いんだよ。十分も俺を待たせやがって」
 各々、それに関して謝る。みんなの声が受話口から聞こえたので、どうやら四人同時通話のようだ。
「説教したいがそんな時間も惜しい。これからのことを手短に説明する。お前らが来る前、氷牙の集団を見かけた。俺は姿を知られてるから一緒に行動できない。別々で藍を探す。ああ、お前らは絶対に固まって行動しろ。力のあるシムズっつっても、やっぱガキだからな。まあお前らがどうしても別行動したいってんなら自由にしろ。そのための携帯でもある。とにかく、なんとかして藍を見つけろ。身に危険が迫れば能力は存分に使え。だが絶対に致命傷を負わせるなよ。それと、なんかヤバかったら即逃げろ。そして俺に絶対連絡しろ。あ、あと藍と接触できたら、隙をみて即電話を掛けろ。それだけでいい。雰囲気みて俺が察する。その携帯の場所は常にこっちで把握できるからな。絶対に余計なことはするなよ。もう一度言うぞ、藍と接触したら、隙をみて必ず即電話。はい、俺の言ったこと繰り返して」
 よくわからないが、「藍と接触したら隙をみて必ず即電話」と呟いた。これを合計三度、言わされる。
「よし、以上だ。制限時間は日没まで。功績をあげたら、今日は好きな物なんでも腹一杯、食わせてやる。じゃあな」
 電話は切れたのだが、最後の言葉がずっと頭のなかでリピートされていた。それは、ぼくらに対しての魔法だった。
 なんでも、腹一杯、食わせる。
 紅輝さんはシムズなので、ぼくらを突き動かす方法をよくわかっている。じゅるる、と隣で音がした。陽が口元を拭いている。
「聞いたかよ、腹いっぱい、なんでも食べさせてくれるって」
 冷奈が唾を飲み込む。「私、高級なケーキいっぱい食べたいの」
「そんなの余裕で食わせてくれるだろ。なんたって同じシムズの言葉だぞ。俺は焼肉がいい。絶対遠慮しねえ。渋谷で一番高い店に入ろう。店ごと食い尽くすんだ」
 目の前のテーブルに敷き詰められた焼肉とケーキ。その映像を浮かべるだけで、身体中から凶暴性を帯びた活力がみなぎってくる。藍という人物は、もはやぼくらにとって狩りの対象のようだった。みんなの瞳は、野獣の如くぎらついていた。
 支給されたのは随分と型の古い携帯で、時計、メール、通話機能しかなかった。色によって誰の物か分けられており、ぼくらが手にした通りで間違いない。(くれない)白藍(しらあい)、柳色。これらは能力に準ずるカラーだ。画面内にはみんなの名前が表示されており、試しにそれを選択すると、電話が掛かった。通話中、別の人の名を選択すると、その人にも掛けることができる。シンプルで使いやすかった。
 ひとまず、センター街に向けてスクランブル交差点を渡っていく。冷奈は距離が空かないよう、左にぼく、右に陽、その真ん中に入って手を握りしめてきた。気恥ずかしさがあるけれど、人の多い場所が苦手な冷奈のためだし、内心嬉しいし、しっかりと手を握り返しつつ歩いた。
 昨日見せてもらった雑誌の切り抜きには、KG氷牙のメンバーも載っていたが、みんなサングラスをしたりスカーフで口を隠したりしていたので顔がわかる人はいなかった。カラーギャングでもあるらしいから、青系のファッションを身に着けているものが多くいたのだが、そんな人たちは見当たらない。今日はお祭りでもあるのかといわんばかりの人波が街路を行き交っているのだが、それらしき特徴の人間がいない。紅輝さんに確認してみるよ、と陽が電話を掛けた。一分ほどで通話を終える。
「KG氷牙は、青いファッションを身に着けてるわけじゃないんだってさ。あの雑誌のやつはインタビュー用に青系の服で身を包んでたらしい」
 カラーギャングというよりはチーマーに近いものなので、青を前面に押しだして民間人に誇示するような集団ではないらしい。ただ、メンバーは必ず青に関連した小物を所持しているとか。青を含むアクセサリーを身に着ける人もいて、それが最低限、KG氷牙が持つカラーのようだ。
 だったらなぜ紅輝さんは氷牙の集団を見たと言ったのか。そう問うと、陽はそれも訊ねていて、単にある程度メンバーの顔を知っているからだとか。だったら遠くからぼくらに指示を出して氷牙の人を教えてほしいものだが。
「まあいいじゃん、俺らで探そうぜ。ヒントないほうが面白いし。それにもし紅輝さんが、俺らの傍で氷牙の奴らに姿を見られれば警戒させるじゃん」
 それもそうか。納得しつつ、ぼくらはセンター街を歩き続ける。
 だが歩いているだけでは、どうにも見つけられそうになかった。聞き込みでもしようか、と陽。通行人よりは店の人間に訊くほうが好ましいと思い、『チケットクイーン』という店の前で掃除をしている年配の店主さんに近づいた。すいません、と陽が話しかける。おじさんはぼくらを見るや、明るい笑顔を浮かべ、威勢のよい声で反応してくれた。
「道に迷ったのかな?」
 いえ、と冷奈。「KG氷牙という人たちをご存知ですか」
 そう口にした途端、店主の顔がみるみる青ざめていった。箒を手放し、店内に引っ込んでしまう。
「……私、変なこと言った?」
 ぼくと陽は首を傾けた。
 気を取り直して、店先に商品を出しているお店──服屋、靴屋、書店などを回って聞き込みを行うも、どの店の人も氷牙の名前を出すだけで顔色を変え、何も口にしてくれなかった。やがて歩き疲れたぼくらは通りがかった公園に立ち寄った。冷奈と陽がスプリングシーソーの両端に腰掛ける。ぼくは中心に座った。
「なんで誰もなんも言ってくれねえんだよ」
 ぼくは首を傾ける。「めちゃくちゃ怖い集団なんじゃないの?」
「それにしてもみんな反応が過剰すぎる。どこにも氷牙のメンバーらしき人はいなかったし。ちょっとは喋ってくれてもいいじゃん」
「お店の人に聞くより、普通に歩いてる人たちに聞いたらいいんじゃない?」
「じゃあまこと、聞いてきて」
「えー、ぼく一人で?」
「俺、通行人に話かけるのは苦手」
 ぼくもあまりやりたくないのだが、できないことはない。シーソーから降りて辺りを観察する。試しに公園の人に話しかけようか。親子連れやおじいちゃんおばあちゃんもいるし──
 と、この公園には不釣合いな雰囲気の集団が急に入ってきた。人数は五人。明らかに、こっちに向かってきている。それを察して、冷奈はシーソーから降りた。陽は一人で跳ねて遊んでいる。
「よお、ガキ」
 先頭に立つ男が喋った。両耳と鼻にいくつもピアスをしており、デニムズボンに真っ赤なTシャツ、黒のレザージャケットを羽織っている。他の人たちも近いファッションだった。サングラスをして剃りこみを入れている厳つい雰囲気の者、長髪を後ろで結んでいるちょび髭の人。紅輝さんほどではないが、緑と紫のメッシュが入った髪を綺麗にセットしている人もいた。それぞれの容姿を見る限り、青系のものは身につけていない。どちらかというと全体は黒で統一されている。
「子供がKG氷牙のことを嗅ぎ回ってるって聞いたが、お前らか?」
 そうです、と素直に答える。「もしかして氷牙の人たちですか?」
 先頭の鼻ピアスが咳払いした。「二度は言わねえからな。氷牙、と略すな。必ずKGをつけろ」
 独特のこだわりがあるのだろう。とりあえず頷いておく。
「え、なに、あんたら氷牙なの?」
 後ろから陽が声をあげた。ぼくの前に出ていく。
「ラッキー。今さ、探してたんだ。俺ら氷牙の藍に憧れてて、ひと目会いたいなあって。なあ、お前ら」
 陽がぼくらを見る。後ろで、ちょび髭が陽を睨んでいた。
「陽、さっき話を聞いてなかったの?」
「え、なに? なんか俺空気読めてないこと言った?」
 ああ、とちょび髭が野太い声を出す。指を鳴らした。「KG氷牙という名を略したのもそうだが、もう一つ、俺らにケンカを売る言葉を発したなあ」
 男は拳を握りしめ、こちらに迫ってくる。それを見て、ぼくらは瞬時に身構えた。
「待て、お前ら止めろ」
 集団のなかで一人が声をあげた。こっちに迫っていた男が、足を止める。
「すぐケンカを売ろうとするな。それに相手は子供だぞ」
「でもこういう奴を締め上げるのは俺らの役目だし……」
「そうだが、まずこんなひと目につく場所でそういうことをするのは止めとけよ。サツに捕まったら、(かしら)が悲しむだろ」
 怒気を帯びていた男は目を伏せた。
「オレが話す。お前たちは少し下がってろ」
 指示通り、集団は後退する。喋っていた男が前に出てきた。他の者とはファッションが異なる。B系、というのだろうか。帽子に近い、赤いターバンを身に着けており、金の刺繍が入ったぶかぶかの黒いワークパンツ、オレンジのシャツの上に羽織る白のパーカーには、茨が剣に絡みつくような黒い絵が胸元に描かれている。
「こんにちは」
 意外な言葉が飛びだした。まさか挨拶されるとは思いも寄らず、慌てて返す。二人も同様に挨拶した。幸村先生が礼儀に関してとてもうるさく、挨拶されたらすぐになるべく大きな声で返さなければ、毎回やり直しさせられていたので、挨拶を交わすことは癖になっていた。
「センター街でKG氷牙のことを聞きまわってたのは、君ら?」
 ぼくは頷く。「ぼくら、KG氷牙のファンなんです。藍さんの話を聞いて、ひと目会いたいなあって、神奈川県から来ました」
「なるほどな。神奈川からわざわざ来てくれたのか。まあKG氷牙は結構有名だからな」
「んじゃあ、あんたらが氷牙なの?」
 陽の言葉遣いは雑だ。それを気に留めず、赤ターバンは「そだよ」と返してくれる。やったあ、と陽が拳を握って喜んだ。
「それじゃあ藍さんに会わせてよ。すっげぇ良い人なんでしょ? 英雄伝を聞いてさあ、もう俺、惚れちゃって」
 えへへ、と陽は笑う。半分本気で言っているのだろう。いや、もはや藍が人を殺したシムズだということすら忘れているように見える。赤ターバンはぼくらを順番に見て、何度か小さく頷いた。
「いいよ。ついてこい」
「マジ? やったなあまこと!」
 陽がぼくの肩を叩く。そこまで盛り上がれないのだけど、どんな人かは興味があるので、作り笑顔を浮かべて歓喜してみせた。
 集団の後ろをついて歩いていく。渋谷の中心を外れて、古びたビルが立ち並ぶ地帯に来た。小声で、紅輝さんへの連絡のタイミングを相談した。それは藍に会ってからのほうがいいよ、と冷奈が言うので、そうすることに。
「なんの話をしてたんだ?」
 赤ターバンが言った。ぼくは「いえ、何にもです」と返す。
「なんにもってことはないだろ。電話がどうとか」
 あー……。「もし、会えないなら藍さんとは電話で話すだけでもいいかなあって」
 赤ターバンは笑う。「俺らのこと信用してないのか? 会わせてやるって」
 わーい、と陽が子供らしく喜ぶ。「ところですっげぇ気になったんだけど、お兄さんたちカラーギャングじゃないの? KG氷牙は青いカラーがシンボル、とかだと思ってたのに」
 鼻ピアスがこちらに振り向く。「一つのカラーにこだわってるチームじゃねえからな。俺らのファンっていうからには、KG氷牙の成り立ちは知ってるな?」
 ぼくらは頷く。紅輝さんから聞いたことを、ぼくが口にした。
「その通りだが、別に俺たちは青に統一されたわけじゃねえ。俺らは元々、黒系のカラーチームだった。それを今もちょっとだけ使ってる」
 それに、とちょび髭が口を開く。「今は事情があってメンバーは全員、青を身につけないよう配慮してんだ。KG氷牙を名乗ることもねえ」
「つっても、この街にいるチーマーやギャングはほぼ全員KG氷牙の人間だけどなあ」喋りながら、厳ついサングラスの男がぼくの横につく。「どうだ、すんげえだろ。KG氷牙はマジデケェ集団なんだよ。藍さんがたった一人で渋谷や池袋のチーマーとギャングをシメたんだ。なのにとんでもなく慈悲深い人で、デケェ志持ってるんだよ」
 ぼくの想像では二つのギャングの抗争を止めただけだと思っていたのだが、更に他のグループまで取り込んでいる。冷気系のドロフォノスだし、かなり強いのだろう。そんな人が組織の魔術師を辞めてしまうのも勿体ないと思えた。
 ぼくらは、いつの間にか太陽が射さない路地裏へと入っていた。まるで迷路のような道順を歩き続ける。ふいに集団が足を止めた。合わせてぼくらも立ち止まる。赤ターバンが振り返った。
「さてお前ら。ここまで連れてきてなんだが、二三、確認したいことがある」
「なあに?」と陽。
「お前ら、歳はいくつだ?」
 十二だよー、と陽は答える。小学校は卒業しているか、と質問がされて、冷奈が否定した。
「じゃあまだ小六か」赤ターバンは大きく呼吸をして、白い息を吐く。「お前ら、組織の人間とは繋がってないよなあ?」
「えっ、組織ってこんなガキすら駒にして、オレらみたいなヤバイチーム嗅ぎ回らせるわけ?」
 厳ついサングラスがぼくの髪をグシャグシャと触ってくる。
「その可能性はある。お前ら、本当は小卒ですでに組織入りしてるんじゃねえか?」
 内心、動揺してしまう。早く否定しなければと口を開くが、あのさ、と陽が声を発した。
「もしかして俺たちがシムズだと思ってる?」
 ああ、と赤ターバンが返事。「そこらの子供とシムズは違うからなあ。死期が早いせいかわからんが、達観していて思慮深い。それと、相手の攻撃に対してすぐ身構える癖がある」
「ふーん。それで、俺らがシムズだったらどうすんの?」
 赤ターバンは意外にも微笑みを浮かべた。「シムズだったら、むしろオレたちは歓迎する。ただ、組織の息がかかっていないことが条件だ。それを証明できないのなら、(かしら)には会わせられない」
 思わず舌打ちしそうになった。えー、と陽が声をあげた。
「そんなのどうやって証明すりゃいいんだよ。俺たちは確かにシムズだけど、まだ六年だし」
 その言葉を受けると集団はざわついた。それに、と冷奈が控えめに声を出す。
「どうしてそこまで組織の人を警戒するんですか? 確かに藍さんは、組織の離反者って聞いたけど、だからって悪いことしたわけじゃないんでしょ?」
 赤ターバンの表情が陰る。仲間たちの方を向いてどうするかと問う。藍さんに連絡してみるか。別にシムズっていっても子供だし。シムズは仲間に入れたいって言ってたから、とりあえず電話してみるべきか。それらの声で、風向きが良い方に変わっている感じがした。
 俺に良い考えがある。鼻ピアスがそう言い、こちらにやってきた。
「なあ、お前ら全員シムズなんだろ?」
 ぼくらは頷く。
「よし。それじゃあ、お前らが余計な真似をしないよう、人質を置いていけ」
 え、とぼくは声をあげるが、そこに被せて「ああいいよ」と陽が軽く返事をした。すると、男は不気味な笑みを浮かべる。視線が、冷奈に向いた。
「そいつだ。その女」
 冷奈はぴくりと肩を震わせた。ぼくは、サッと彼女の前に出る。
「だめだめ、女の子を人質になんかできない。ぼくか陽のどっちかにしてよ」
 はっ、と鼻ピアスは嘲笑った。「シムズっていうのは、色んな法律に守られてねえんだよなあ? 俺はショタっ気なんかねえんだよ。そこの女が、今日一日俺らの人質になるんなら、藍さんに連絡してやる」
 そう口走る鼻ピアスは、舌なめずりをする。絶対にいかれたことを考えてるんだ。舐めるような眼光にさらされた冷奈は、顔を歪め、身を引いていた。ぼくは鼻ピアスを睨みつける。
「そんな条件呑めるわけ──」
「いや、呑もう」
 えっ! と、ぼくと冷奈が同時に大声をあげた。ぼくの言葉を遮ってふざけた条件を勝手に受理した馬鹿を、凝視する。
「陽、さっきのもう一遍、言ってみろよ」
 陽はへらへら笑っている。「冷奈を差しだすんだよ。そしたら憧れの藍さんに会えるじゃん」
 自制を、解いた。能力が発現される。至近距離にいたので、陽を容易に吹き飛ばした。まだ雪の残る地面に転げ、建物の壁に当たる。
「いってぇ……ふざけんなよ、まこと」
「ふざけてるのはどっちだよ!」
 冷奈がぼくの服を引っ張る。ケンカはやめてよ、と言った。
「そうだぞアホ、ケンカしてる場合じゃないだろ」
「無茶苦茶なこと言うなよ、冷奈をあんなクソ変態の人質にしたら、何されるかわかってるのかよ!」
 鼻ピアスが憤激し、こちらに向かってくる。赤ターバンがそれを止めた。他の奴らは呆然と注視している。
「まことこそ何もわかってねえよ」肩を押さえながら立った。「すぐに熱くなって感情任せに箍を外すのはお前の悪い癖だ。いつまで経っても治らない」
 ぼくは首を振った。「今のは正しい力の使い方だよ」
「正しい、っていうのはお前一人が勝手に決めたことだろ。俺とまことの間では、間違ってるんだ。いいから俺の言う通りにしろ。冷奈をあいつらに差しだす。好きにやらせればいい」
 肌が粟立った。勢いに任せて思いきり魔力(マナ)を発現する。今度は相殺された──が、ノックバックさせた。よろけた陽は壁に頭を打ちつける。魔力(マナ)の打ち合いでは、ぼくの方が格段に上をいけた。
「今のはまだ限界じゃない。次に冷奈を(けが)すような言葉を吐いたら、陽を殺す」
 んなことできねえっての。そう呟く声が聞き取れた。冷奈がぼくの腕を引っ張る。
「私なら、大丈夫だから、陽くんの言う通りにするから!」
 耳を疑った。本気なのかどうか、冷奈の瞳を覗く。彼女も真剣に見つめ返してくる。



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