魔法シンドローム

第十話.人殺し(avant)



 立ち上がり、再び陽に立ち向かう。拳を振るが、受け止められた。何度も殴りつけるが、腕で防御したり、手で止めたりと、奴の身体に直撃させることはできない。隙をつこうと魔力(マナ)を発現すれば、さらに大きな風がぼくの全身を通過した。悪寒が走る。けれど、陽は何もしてこない。そればかりか、憐れむような眼差しでぼくを見ていた。悔しくて、涙が次々に溢れてくる。
「まこと、俺とお前は友達だからいいけど、もし執行人が別の誰かだったらどうする。汐穏代表が凶行者には手を出すなって言ってただろ。お前の周囲には今、俺の魔力(マナ)が充満してる」
 背筋がぞくりとして、ぼくは周囲に魔力(マナ)を展開して陽の魔力(マナ)を散らした。奴が鼻で笑う。
「俺が少しやりすぎて、もしお前を殺してしまっても、誰も俺を裁くことはできない。もちろん俺はそんな暴虐な行いをする気はないけど」
 風が、唐突にぼくの身体に吹き付ける。自分の力を発現する間もなく、全身を冷気が襲った。一瞬にして凍てつき、息が止まりそうになる。腕が、動かない。
「お前がこんなにも激情に流されやすいなんて、親父さん、見当違いだったな。この力がまことに渡らなくて正解だったよ。俺の方が何百倍も正しい使い方ができる」
 ふざけるな、欲望に流されてお父さんを殺したくせに。そう口にするが、呂律が回らず、ほとんど声を出せていない。陽は笑った。
「言い忘れていたことがある。俺は、おじさんにちゃんと許可をとったよ」
 自分が力を引き継ぎたい、と言う陽に、お父さんは「もし殺すことができるならな」と返したらしい。お父さんには、自分が殺されない絶対の自信があったのだろう。陽はそのとき、どうせ勝てないからやはりやめておく、と言った。諦めたようにみせた。その後、冷奈と陽は家に帰されるのだが、陽だけは戻ってきた。お父さんは、駅で待つぼくの元に行こうとしていた。
 相談がある。自分には執行人という仕事はできない。考えだしたら怖くなってきた。陽はそんなふうに、お父さんに不安を打ち明けた。お父さんは少し説得を試みる。陽は聞く耳を持たず、受け取っていた重要な書類を返そうとした。諦めたお父さんは、それを受け取り──
 気が緩んだその一瞬を、陽は狙った。書類を引火させ、撹乱し、お父さんの顔面を掴んで、自身の生死の臨界に達するほどの魔力(マナ)を引きだし、炎として発現した。



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