魔法シンドローム

第十一話.神奈川支部の入社式(page.B)



「なんだよ、いまお前ら露骨に驚いたな」
 いや、と小刻みに首を振る。「仲の良かった先輩と同じ名前だなあって」
 驚いておいて、黙っているのも不自然だと思い、適当な嘘を言った。冷奈は一度頷く。アキラは笑った。
「アキラなんて名前、俺たちシムズの間ではよくいるだろ」
 そう。かなりありふれた名前だった。テレビやニュースなどでもアキラという名のシムズを見かけたことがある。フルネームは竜宮(たつみや)(あきら)と書くらしい。ぼくも冷奈も、彼のことは苗字で呼んだ。
 敷地内に演武館という、体育館に似た場所があり、そこが入社式の会場だった。ずらりと並べられた椅子に、シムズたちが詰めて腰を下ろしていく。ぼくと冷奈と竜宮は三人並んで端に座った。冷奈が一番右端、隣にぼく、そして竜宮。彼曰く、この演武館は力を使った訓練にも使われるのだという。規模の小さな支部にはこんな場所はなくて、ビルだけ構えているのがほとんどだとか。
 ぼくは、シムズの数を小さく見積もりすぎていた。今日、この場で入社式を迎える神奈川支部の新人だけでも、およそ五百人は超えている。シムズは人口の0.2パーセント以下の存在と言われているのだけれど、極めて少数の存在というわけではないんだ。……ところで人口の0.2パーセントって何人だろ。テレビで報じられる機会もあったのだが、「人口の0.2パーセント」という言葉だけが印象に残っていた。
「二十五万人くらいだろ」
 考えていたことを竜宮に喋ると、そう教えてくれた。
「まことくん、適当なこと言われてるよ。日本のシムズは約十七万人」
「え、そうなの?」
「おい、適当なこと言ってるのはレイナだぞ、日本の人口がどれだけだと思ってるんだ」
 冷奈がぼくらを見る。「そんなことは知らないけど、十七万人くらいってのは確かだから」
「俺はシムズのなかでも計算ができる超エリートなんだよ。日本には一億二千万人以上の人間がいる。その0.2パーセントは二十四万だ」
「そんな難しい計算ができるなんて凄いね。まことくん、私と竜宮くん、どっちを信じる?」
「マコト、俺を信じるよな?」
 右、左、とぼくは視線を変えて当惑した。まあ、付き合いの長い冷奈の意見の方が信じられる、というのが正直な意見だ。ぼくは冷奈の言葉を信じると言った。竜宮が舌打ちをする。
「マコトは賢そうだからわかってくれると思ったのに」
 ごめん、と謝っておいた。謝る必要はない、と冷奈。
「メディアが抽象的に発表してるだけだから。私はお父さんの仕事の関係でシムズの細かいデータを得られるの。十七万人のほうが、正確な数字だよ」
 竜宮とぼくが「ふーん」と相槌を打つ。十七万も二十五万も変わらない気がするけれど。
「もし、シムズの寿命が健常者と同じくらいまで延びれば、シムズの人口が増えるわけだから、二十五万人なんか軽く超すでしょうね」
 それはそうだ。……普通のシムズは、健常者のように高齢者になることがない。生まれて約二十五年で息を引き取るのだから、シムズの人口は増加しにくい。
 竜宮は壇上の方を向き、深くため息をついた。
「これより、国際魔術師機構、神奈川支部の入社式を開会します。神奈川支部代表が入場しますので、全員、ご起立ください」
 後ろを振り返ると、いつの間にか満席だった。全員が起立し、壇上に視線を注いでいると、女の人が脇から入ってくる。チョコレート色の髪。前髪は真っ直ぐ垂らし、後頭部で髪を盛っている。盛り方が綺麗で、細い毛束には一つ一つ丁寧に巻き髪パーマがかけられていた。胸元には、黒と白のチェック柄のネクタイ。……もしかして。
 ざわざわとみんなが囁きだす。竜宮が小さく笑った。
「男の代表じゃなくて驚いてるやつが多いな。なんにも知らないやつばっかりだ」
 竜宮の口ぶりから察するに、あの人が代表らしい。重い責任を背負って上に立つのは男性、というイメージがなんとなく根付いているので、みんな意外なのだろう。
 代表がマイクの前に立つと、一度、咳払いをした。
「静まれ貴様らァ!」
 会場が、しんと静まり返った。ひえー、と竜宮がわざとらしく言う。
「毎年、入社式はどいつもこいつもうるさいガキばかりだ。お前たちはもう小学生ではない。社会人になった自覚を持て。今日からお前たちは、ウチの組織で存分に働き、稼ぎ、そして次の代に組織を引き継がせていかなければならない。お前たちは、この国際魔術師機構に入ることができるだけでも、すでに多大な恩恵を受けているんだ。亡くなっていった先人に感謝の念を抱け。ありがたく、組織の歯車となれ」
 ……物凄く口気の荒い人だ。発現できる力は絶対に炎に寄っているはず。
「あたしの名前は、セリザワハルヒ。どういう字を書くかは、あとでお前らの担当につく先輩にでも訊ねろ」
 小声で、竜宮にどういう字で書くのかを訊ねた。彼は素早く携帯を取りだすと、文字を打ち込んで漢字に変換する。芹澤遥日、と表示された。……やっぱりね。名前にある「日」が炎を示す文字だ。
「十二分に理解しているだろうが、あたしたちは短命だ。これから先、仕事を覚える上でも色んな先輩の世話になり、尊敬や憧れ、時には怒りを抱くだろう。だが、非情な時の流れのなかで思い知ることになる。それは死の現実。世話になる人が次々に先立ってゆく。あたしは二十六で、今年二十七歳だ。もう死は目前に迫っている。数か月前、東京の代表、シオンが亡くなったことは知っているな。あたしは彼にたくさんの借りがあった。今、あたしがこの壇上に立っているのは、全てシオンのお蔭だと言っても過言ではない。胸中には抱えきれない感謝の念があったのに、あたしは、彼に何一つ恩を返せなかった」
 遥日代表は、マイクにため息を吹きかける。ゴー、と音がたった。それがぼくの胸にじくじくとした痛みを与えた。
「あたしたちは時に、危険な任務に就くことだってある。悠長で生ぬるい健常者の小学校で育ってきたお前たちのほとんどは、死に対しての実感が皆無だろ。だが、否が応でもそれを意識するときが来る。全員な。一秒でも早くこのリアルを目の当たりにできたやつが、この世界では大抵、偉くなれる。上にあがってきたい者は、率先して死線を越えるような任務を希望しろ。太く短く生きるコツが掴める。あたしたちシムズが最高に輝いた人生を送るには、それしかないんだ」
 ぼくの脳裏にはある人の姿が浮かんでいた。勢いや雰囲気についても類似したものを感じてはいたが。
「ハルヒ代表、紅輝さんに似てるね」
 冷奈の静かな声に、うんと返事をした。
 入社してからの心構えや、いつか直面するであろう苦難に対する精神の保ち方など、遥日代表は主に精神論について語っていた。長い話が終わると、ぼくらは着席させてもらえる。圧倒されたためか、目立つような私語はしばらく聞かなかった。
「生きるとか死ぬとか、考えたくねえな」
 ふいに竜宮が呟いた。どう返そうか迷い、結局「うん」と言う。
「いっぱい顧客つかまえてさ、仕事選べるようにして楽して稼ぎたいよな。面倒な任務なんか絶対受けねえ。ハルヒ代表はイかれてるよ、最高に輝いた人生を送ろうとしてそれで死んだら意味ないしさ。俺、責任とかいう言葉が一番嫌いなんだよね。まこともそう思うだろ?」
 ぼくは、黙考した。なんて言ったらいいのかわからない。もし……あいつだったら、どんなことを言うのだろう。なるべく近い回答を用意し、口にする。
「稼ぎも大事だと思うけど、世の中の不条理なことは変えていきたい。殺人イコール絶対死刑、っていうのは間違ってると思うんだ。情状酌量の余地だってあるシムズも問答無用で死刑になる。できることなら、まずはその制度から少し変えたい。だから、なるべく権力のある上の立場につきたいかな」
 竜宮が、こらえられずといった具合に噴きだした。音を抑えながら笑っている。
「お前、典型的に青臭いな。無理無理、まことって上の立場につく感じじゃないし、何百年も続いてる制度なんだぞ。仮にちょっと偉くなったとしてもひっくり返られねえよ。やめとけよ、そんなことに貴重な人生費やしてさ、シムズであることの優越を謳歌しなかったらさ、死に際になって絶対後悔するって。俺たちの一生は線香花火みたいなもんなんだから。ちょっとよそ見してる間に人生終わっちゃうよ」
 全否定。返す言葉が思い浮かばない。何を言っても「彼にとって正解」で否定される気がした。ぼくには、相手を丸め込むような言葉の使い方ができないし、竜宮の意見も間違っていない。
 一つ、これだけははっきり言えることがある。
「竜宮って、シムズなのに計算も得意で頭の回転も速くて凄いね」
「へへっ、そうだろ。複雑な数字が出てくると無理だけどな。俺はシムズの中なら超天才なんだよ」
「うん」
 ──こいつはアキラだけど、陽とは全く似ていない。



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