彼女が僕の中にいる

第九話.僕は君のためを想う(avant)



 ルールは至ってシンプル。望海も参加できるよう、「御伽双六」での対戦を行う。これならやったことのない望海でもわかるだろう、と思っていたのだが古いバージョンを親戚とプレイしたことがあるそうだ。このゲームはプレイ年数を決めるのだが、それを三年にした。全員のターンが終わると一ヶ月が過ぎる。つまり三十六巡すれば勝負がつく。一時間で終わるだろう。そして最も多くの資金を稼いだ勝者が、望海の頬にキスをする。
「どうだ雪兎、燃えるだろ」
「う、うん」と彼は濁した返事をする。空気が読めないやつめ、素直に嬉しがれよ。
「私が勝ったら、真白君と雪ちゃんがお互いの頬に口づけね」
 いきなり望海がそういい、え、と僕らは同時に声をあげた。頬でも、望海の前でキスするのは嫌だが、しかし彼女の提案にのるのも悪くない。僕と雪兎はのった。
 ゲームを始めてすぐ、雪兎に触れて意志を確認した。胸中では一位になりたいと望んでいる。単純に勝ちたいという思いと、僕とはすでにディープなキスを交わしているのだから、僕の頬への興味は薄いらしい。それはそれで少し傷つくんだけど。でもこうでなくては困る。
 十二ターンが終了して一年が終わったとき、僕がややリードしていた。望海が最下位だ。やはりというべきか、僕と雪兎の一騎打ちになり、二年目が終了した時点で資金は雪兎が上回った。
「雪兎、そんなに望海にキスしたいのか」
「ゲームで負けたくないんだよ」
「私のことは二の次だよね、というかそもそも、私なんかの頬に、興味ないでしょ」
「いや、そんなことは、ないよ。とにかく、僕はゲームで負けたくないんだ」
 ふ、照れ隠しか。いくら雪兎が僕を好きでも、望海という女性は、元々雪兎が交際の妄想にしていた人だから、頬でもキスできるのは嬉しいに決まっている。
 三年目が終了し、決着がついた。優勝は雪兎だ。
「あー、くっそ、負けた。望海にファースト頬にキスしたかったなあ」
 そう口にする僕を、彼は凝視している。なんだよ雪兎、といってやると、彼は首を振って望海を向いた。彼女はそそくさと髪を整える。二人が無言に落ちる。
「ほら、さっさと口づけしなよ、雪兎が勝ったんだから」
 急かしてやると、また彼は僕を見る。それから視線を望海にやった。
「西村さん、本当に嫌じゃない?」
「真白君こそ嫌じゃない?」
 僕は咳払いする。「嫌とかじゃなくて、雪兎が勝った以上しなければいけないのです」
「……だってさ。西村さん、横を向いてください」
 望海はぎこちない仕草で身体を回転させ、左の頬を差し出す。呼吸を乱していた。雪兎は僕で慣れてしまったせいか、大して緊張していないようだ。でも多少なりとも興奮しているのは見て取れた。
「するよ」
 望海は頷く。雪兎は顔を近づける。唇をあてる寸前、僕を見た。冷たい視線だった。再び望海の頬を見て、唇を触れさせる。望海は肩を竦めた。雪兎は離れる。望海は身体をそわそわとさせ、手で顔を扇いだ。
「やっぱりものすごく恥ずかしかった」
「まだイベントは終わってないよ、次は望海が雪兎の頬にキスをするの」
 え、と同時に声をあげる二人。
「望海が勝ったら僕と雪兎がお互い口づけをするっていう条件だったし、それと同じにしなければ釣り合わないじゃん」
 うぅ、と唸る望海。相変わらず冷ややかな目で僕を見つめる雪兎。



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